MLB東奔西走BACK NUMBER

東北地方太平洋沖地震に対する、
日米スポーツ界の役割を考える。 

text by

菊地慶剛

菊地慶剛Yoshitaka Kikuchi

PROFILE

photograph byREUTERS/AFLO

posted2011/03/17 10:31

東北地方太平洋沖地震に対する、日米スポーツ界の役割を考える。<Number Web> photograph by REUTERS/AFLO

2011年3月14日、レッドソックスに所属する日本人選手4人が、東日本大震災に際し、自ら募金箱を手に義援金を募った。写真左から田澤純一投手、正田樹投手、松坂大輔投手、岡島秀樹投手

 このコラムの今回の〆切りは米国時間の3月14日。

 東日本大震災が発生してからまだ日も浅く、こちらの報道番組でも刻一刻と巻き起こる日本の惨状を大々的に映し出している。現在はアリゾナでキャンプ取材を続けているのだが、発生直後の3月11日からクラブハウス内で震災関連の報道を食い入るように見つめる選手たちをみかけるだけでなく、取材中いろいろな選手たちから「お前の家族は大丈夫なのか?」と声をかけられるほど、自分のことのように心配してくれる選手たちが多かったのが印象的だった。

 そんな痛ましい状況の中でどうしても通常通りMLBの明るい話題をお届けする気持ちにはなれない。だから、今回は目線を変えて、悲劇や災害時におけるスポーツが果たすことができる役割について考えてみたい。

本当にスポーツは被災者の心の支えになりうるのか?

 これまでも米国で生活しながら、痛ましい悲劇や災害を経験してきた。

 特に2001年9月に起きた同時多発テロや、2005年8月ニューオーリンズに壊滅的打撃を与えたハリケーン・カトリーナなどは、日本の方々でも今尚記憶している出来事だと思う。そうした悲劇や災害に巻き込まれた被害者たちの心の支えになったのが、スポーツだった。

 自らも多くの犠牲者を出しながらも最後まで救助活動を続けたニューヨークの警察、消防隊、救急隊に敬意を表し、ヤンキースとメッツの選手たちが彼らの帽子を被って試合に臨んだ。そしてファンの後押しを受けたヤンキースはワールドシリーズへと進出した。

 あの時のニューヨークは、野球というスポーツを通じて街が1つにまとまっていた。

 2006年のニューオーリンズもそうだった。

 ハリケーン直撃の1年後にようやく改修が完了した本拠地のスーパー・ドーム。NFLのセインツが戻ると、前年の成績3勝13敗が嘘だったかのように開幕から快進撃。あれよあれよと6年ぶりにプレーオフまで進出。カンファレンス決勝で敗れたものの、復興が続くニューオーリンズ市民たちに元気を与えた。

【次ページ】 震災に対するMLBの素早い行動から見えた、日米の相違。

<< BACK 1 2 3 NEXT >>
1/3ページ

ページトップ