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具志堅「世界を獲るには勇気が必要」
14連続KOの比嘉大吾は沖縄を背負う。
posted2018/01/23 11:30
text by
石井宏美Hiromi Ishii
photograph by
Kiichi Matsumoto
野球少年だった比嘉大吾がボクシングに出会ったのは中学3年のときだ。
ある日の夕食後、自宅アパートの居間のテレビを眺めると、画面にはボクシング中継が流れていた。井岡一翔対オーレイドン・シスサマーチャイ(タイ)の世界ミニマム級タイトルマッチ。その試合は井岡が5RにTKOで勝利を収め、早々の決着に中継局は続いて具志堅用高特集を放送したのだった。
「(具志堅の)ボクシングは攻めるスタイルで、荒々しさもあって。それを見ていいな~と思って。当時は野球部だったけど、ボクシングとか格闘技は好きでよく見ていたんですよ。でも、実際にやろうかなというところまではいかなかった。だけど、その映像を見た瞬間に、直感的に『やろう!』と思いましたね。やったことがないのに、なぜかすごく自信はあったんですよ(笑)。そこがボクシング人生のスタートですね」
具志堅は、テレビのイメージとは全く違った。
中学卒業後、浦添市から宮古島に渡り、県立宮古工業に進学。ボクシングを始めた。
実は比嘉は、アパートの居間で「具志堅用高特集」を目にするまで、ジムの会長である具志堅が、かつてボクサーだったことはまったく知らなかったという。
「最初のイメージは変なおじさん(笑)。高校を卒業して3日後くらいに東京に行って、空港で初めて会ったんですけど、目が怖かったです。だから、最初はテレビでは『ちょっちゅねー』とか言っていたおじさんがこんなに怖いの!? 嘘つき! とか思いましたね(笑)」
沖縄から東京へ。
都内でスタートしたプロボクサー生活は、当初戸惑うことが多かった。
「高校までの生活とはすべてが違いました。バイトをするのも初めての経験だったし、仕事と並行して朝走ったり、もちろん練習もあるわけじゃないですか。こちらにきてボクシング中心の生活となってあらためて、『プロって楽じゃないんだな』と痛感しました。プロになること以上に、食べていくこと、維持していくことが難しい世界」