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“ガンバらしい攻撃”は消えたのか。
長谷川健太体制、5年間の栄光と影。

posted2017/10/27 10:30

 
“ガンバらしい攻撃”は消えたのか。長谷川健太体制、5年間の栄光と影。<Number Web> photograph by J.LEAGUE PHOTOS

ボールを持って崩すか、奪って即座にゴールを目指すか。形は違えど、長谷川体制でも攻撃の迫力は感じさせるものだった。

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下薗昌記

下薗昌記Masaki Shimozono

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 全ての時代には、その始まりと終わりがある。

 ガンバ大阪では10年間指揮を執った西野朗元監督(現日本サッカー協会技術委員長)に次ぐ長期政権を築き上げた長谷川健太監督。クラブ史上初めてJ2に降格した2013年に就任し、1年でチームを再びJ1に引き上げたかつてのシルバーコレクターは、昇格1年目に三冠を獲得した。日本サッカー史に残る偉業を成し遂げた長谷川監督だったが、クラブは9月7日、5年間指揮を執った名将が今季限りで退任すると発表した。

 山内隆司社長の言葉を借りればガンバ大阪を「卒業」する格好の長谷川監督だが、その5年間の功績はやはり、際立っていると言えるだろう。

 クラブの歴史における長谷川監督の立ち位置は「中興の祖」である。退任が発表された翌日、クラブハウスで取材に応じた梶居勝志強化部長の言葉は、その功績を端的に物語るものだった。

「長谷川監督は一番チームが苦しい時に来て頂いて、我々が望んでいたチーム作りを実際にやってもらい、結果も出してもらった偉大な監督」

「失点を減らしながら勝つことを目指した」(遠藤)

 ガンバ大阪がクラブ史上最大の危機に瀕していた2012年の降格直後、梶居強化部長に請われて、あえてJ2を戦うことになるガンバ大阪の監督に就任した。リーグ最多の67得点を叩き出しながらも、リーグワースト2位となる失点の多さに泣き、降格の憂き目を見たチームの課題は、明確だった。

「取られたら、取り返す」をモットーに打ち合いを好んだ西野元監督の哲学がしみ込んだガンバ大阪に、長谷川監督が持ち込んだのは守備意識の徹底をベースにした勝負強いサッカーだ。

 監督とのサッカー観は異なると公言してはばからない遠藤保仁でさえも、「失点を減らしながら勝つというのを目指していたと思うし、ここ数年で一番タイトルを獲ったチーム。今年は苦しんだけど、これだけタイトルをもたらすことはなかなか難しい」とその足取りを振り返る。

【次ページ】 指揮官が一貫して要求した「ファストブレイク」。

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