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新たな世界1位はどんな選手なのか。
ダスティン・ジョンソンと家族の物語。

posted2017/02/23 08:00

 
試合後のテイタムくんとのツーショットもすっかり定着した。昨年22試合に出場して3勝、予選落ち1回。この安定感は驚異だ。

試合後のテイタムくんとのツーショットもすっかり定着した。昨年22試合に出場して3勝、予選落ち1回。この安定感は驚異だ。

text by

舩越園子

舩越園子Sonoko Funakoshi

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Sonoko Funakoshi

 ロサンゼルス近郊の名門リビエラCCで開催されたジェネシス・オープン最終日。ダスティン・ジョンソンが18番グリーンでウイニングパットを沈めると、婚約者のポーリナ・グレツキーが2歳になったばかりのテイタムくんとともに駆け寄った。

 テイタムくんを抱き上げたジョンソンの表情は、幸福感に満ち溢れていた。米ツアー通算13勝目。デビュー以来、毎年最低1勝以上を挙げ続ける記録では、アーノルド・パーマーとジャック・ニクラスの17年、タイガー・ウッズの14年に続き、ジョンソンのそれは10年へと更新された。

 そして最大の注目は、この優勝でジョンソンが世界ランキング1位へ躍り出たという事実。今大会で「優勝すれば世界一」という期待に応え、多大なるプレッシャーを跳ね除け、2位に5打差を付けて圧勝した。

 だが、ジョンソンのとろけそうな表情からは、勝った喜び、世界一に登り詰めた喜びもさることながら、何より「愛」が感じられた。テイタムくんを抱く王者ジョンソンの姿を目の前で眺めていたら、この2年間、方々で目にしてきた“息子を抱くジョンソン”の姿が紙芝居のように蘇ってきた。

ツアーから離れた期間も……。

 2008年に米ツアー参戦を開始し、ルーキーイヤーに早々に初優勝を挙げたジョンソンは、比類まれなる飛距離と繊細な小技を武器に毎年勝利を挙げ、メジャー大会では次々に優勝争いに絡んだ。

 その始まりは2010年の全米オープン。単独首位で最終日を迎えたジョンソンは最終日に82と崩れ、8位に終わった。その年の全米プロでは、72ホール目にバンカーをバンカーと認識できず、クラブをソールして2打罰を科せられ、プレーオフ進出を逃した。2011年の全英オープンでは最終日の14番で喫したOBが響き、2位どまり。

 そのジョンソンがメジャーで優勝争いをしなくなったなあと人々が思い始めた2013年の夏、アイスホッケー界のレジェンド、ウェイン・グレツキーの愛娘であるポーリナ・グレツキーとジョンソンの婚約のニュースがゴルフ界を駆け抜けた。だが、「大型カップル誕生」のおめでたいニュースに続いたのは、暗いニュースだった。

「ダスティン・ジョンソンは当面、ツアーから離れます」。理由も期限も書かれていない、わずか数行の声明が米ツアーから発せられたのは、2014年7月。当然ながら、さまざまな噂が飛び交った。金銭トラブルや犯罪に巻き込まれたという説。精神的に病んだという説。「薬物使用で米ツアーから出場停止処分を受けた」と明記したメディアもあったが、真相が明かされることは、ついになかった。

 ポーリナの第1子妊娠が伝えられたのはその年の秋。そして翌年、2015年1月にロサンゼルスの病院で男の子が生まれた。

「T」で始まる名前を男の子に付けるグレツキー家の慣習に従って、テイタム(Tatum)と名付けた息子を毛布でくるみ、恐る恐る両腕に抱いたジョンソンの写真がSNSにアップされた。

 その表情からは幸福感のみならず、決意のような強い何かが伝わってきた。あのときからジョンソンは変わったのだと思う。

【次ページ】 今も忘れられない、復帰後初勝利の記者会見。

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