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日本で戦力外、いまやメジャー目前。
中後悠平の“変則左腕”は通じるか。
 

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ナガオ勝司

ナガオ勝司Katsushi Nagao

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photograph byKatsushi Nagao

posted2016/09/16 11:00

日本で戦力外、いまやメジャー目前。中後悠平の“変則左腕”は通じるか。<Number Web> photograph by Katsushi Nagao

中後は大阪府出身の26歳。投げる腕の高さを自在に変える「千手観音投法」で近大では大学日本代表にも選出された。

「よく頑張ったな」とはまだいえない。

 中後の言葉にはどこか、自分自身を客観視しているような響きがあった。悪い意味ではない。彼はすでに日本で戦力外という野球選手にとっての最終通告を受けたのだ。元日本プロ野球のタイトルホルダーだとは言え、たったひとりのマイナーリーガーを打ち取ったぐらいで一喜一憂しているわけにはいかない。だからマイナーでの無失点記録も、今の彼にとっては来年への布石にすぎない。

「これぐらいせなアカンという気持ちで来たんで、『よく頑張ったな』というのは自分の口からは言えない。でもアメリカでいろんな経験をして、こういう風にできたのは良かったのかなと思うし、その中で自分がブレずに、負けずに自分のボールを投げられたのが大きい」

変則左腕という武器を磨いて、メジャーへ。

 中後は5日の最終戦にも登板して、マイナーでの無失点記録を20試合、3A級での同記録を13試合にまで伸ばすことになったが、彼にとって大事なのはその結果以上に、1つのヤマを乗り越えたことにある。

「ハイAに上がった時、相手の打球が飛ぶから、抑えなアカンと必要以上に意識して体が前に突っ込んだりして、課題にしていたコントロールがおかしくなった。あの時、監督やコーチにどうしたらいい? と聞いたら、帰ってくる答えはいつも一緒だった。『楽しんでやればいいよ』と。その頃はマウンドに立つことが楽しくなくて、楽しもうと自分に言い聞かして投げて」

 素直に弱音を吐くことによって得るものはあった、と中後は言う。

「日本にいた時の僕なら、もう駄目だとか、どうしたらいいか分からなくなって、あのままズルズルいってしまっていたけど、嫁さんも子供たちも日本に置いてきてるんで、ここで踏ん張らなアカンとマウンドで思えて抑えられた。あそこが僕のアメリカでの分岐点だったと思う」

 メジャーリーグに這い上がるために、時速150キロを超える速球は要らない。必要なのはそこへたどり着いてやるという強い意志と、中後の場合、150キロを超える速球の代わりとなる“一芸”である。幸いなことに、彼には“変則左腕”という武器がある。あとはそれを磨きに磨き抜くだけだ。

 一度は断たれたプロ野球選手の道。ユウヘイ・ナカウシロが切り開いた道は来年、夢のメジャーリーグへと続いている。

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