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4年ぶりに5勝を挙げた中日・吉見一起。
覚悟を持って「最後」のマウンドへ。

posted2016/08/27 11:00

 
4年ぶりに5勝を挙げた中日・吉見一起。覚悟を持って「最後」のマウンドへ。<Number Web> photograph by NIKKAN SPORTS

2015年シーズンは開幕から25イニング連続無失点を記録していた吉見。今季は全試合に“最後”の覚悟で臨んでいる。

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鈴木忠平

鈴木忠平Tadahira Suzuki

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NIKKAN SPORTS

 監督の解任、最下位低迷と、どん底にいる中日に光明が差した。

 吉見一起が、8月23日のヤクルト戦(静岡)で5勝目を挙げた。8月は4年ぶりに完投した巨人戦を含めて、3試合、23イニングを投げて、防御率0.78である(8月26日現在)。ひじに5度メスを入れた男が、球数、イニングなどリミッターを解除し、チームが苦境にいる今、復活……。いや、本人の言葉を聞けば、それは復活ではなく“再生”であることがよくわかる。

「これ、意味あんのかな……」

 あまりに小さいダンベルを見ながら、吉見は軽い絶望感に襲われたという。

 2013年6月、右肘の内側側副靱帯(じんたい)を切除し、左肘の正常な腱を移植する通称「トミー・ジョン手術」を受けた。プロ入り前から肘に故障を抱えていた吉見は黄金時代のエースとして'12年まで5年連続2ケタ勝利、2度の最多勝にも輝いた。ただ、その過程で、エースの右肘はぼろぼろになっていた。パンクしてしまった肘に、人生最大のメスを入れるしか道がなかった。

先の見えないリハビリに「心が持たなかった」。

 術後、曲がったままの肘を動かすことから再出発した。渡されたのは、わずか「500g」のダンベルだった。週刊誌よりも軽いそれを5回、持ち上げる。休憩を挟んで、3セット。2カ月間、その繰り返しだった。

「1年後にはマウンドに立つ」

 手術した時にそう決めていたが、曲がったままの右腕に、500gを実感するたび、目指すマウンドが遥か彼方の蜃気楼のように感じた。周囲では他の選手たちが何十kgものバーベルを持ち上げ、当たり前のようにボールを投げている。

「だんだん、球場に行くのが嫌になって……。体ではなく、心が持たなかったですね。あれほど走ることが大事だと思っていた僕が、走らなくなった」

 中日の投手陣の間に息づく“金言”がある。

「走ったもん勝ち」――。

 走って、走って、走ることで、エースへと登りつめた吉見の言葉だった。そんな男の足が止まった。右肘が治る前に、心がひび割れた。

【次ページ】 右肘痛が再発し、引退する決意を固めていた。

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