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<ラグビーW杯に懸ける男たち> 福岡堅樹×藤田慶和 「ふたり、大歓声の舞台へ」 

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村上晃一

村上晃一Koichi Murakami

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photograph byTadayuki Minamoto

posted2015/07/16 10:50

<ラグビーW杯に懸ける男たち> 福岡堅樹×藤田慶和 「ふたり、大歓声の舞台へ」<Number Web> photograph by Tadayuki Minamoto
共に高校時代を福岡で過ごし、互いを認め合ってきた。
今、ジャパンのウイングの座を争うライバルでもある。
実は好対照を描く両エース候補の歩みを、幼少から辿る。

 左ウイング福岡堅樹、右ウイング藤田慶和、福岡県の高校を卒業した大学生がフォーメーションの両翼に並んだ。

 5月9日、博多のレベルファイブスタジアムで行われた日本代表対韓国代表戦でのことだ。彼らがボールを持つたび地元ファンから歓声が沸きあがった。日本ラグビーの未来への期待感が膨らむ。福岡は爆発的なスピードで3トライをあげ、藤田は幅広い動きでチャンスを作った。

 県立福岡高校出身の福岡、私立東福岡高校出身の藤田。学年は福岡がひとつ上だが、オール九州など選抜チームでプレーした当時から、互いの実力を認め、意識し合う仲だった。ともにトライを奪う嗅覚に優れるが、ふたりのプレースタイルは異なる。

 福岡は50mを5秒台で駆け抜ける典型的なスプリンター。エディー・ジョーンズ日本代表ヘッドコーチも「ワールドクラス」と、そのスピードを高く評価する。藤田は、福岡ほど速くはないが、卓越したステップワークで相手をかわし、パス、キックを駆使してチャンスメークするオールラウンダーだ。長い距離を一定のスピードで走り続ける中距離ランナータイプで、7人制ラグビーの日本代表でも能力を発揮している。

 そして、その生き方、ラグビー選手としての歩みも対照的である。

進学校出身の福岡は「花園が一番の目標だった」。

 1学年上の福岡堅樹は1992年9月7日、福岡県で生まれた。5歳の頃、父・網二郎に連れられ玄海ジュニアラグビークラブに入団する。足の速さは頭抜けており、ボールを持って走り、相手をかわす面白さの虜になった。その一方で、3歳から始めたピアノも中学3年生まで続けている。

「ラグビーの試合より、ピアノの発表会のほうが緊張しました。中学最後の発表会は、ラグビーで突き指をしてしまって、痛み止めを飲んでテーピングをして弾きました。たしか、曲目はメンデルスゾーンのロンド・カプリチオーソだったと思います」

 県内屈指の進学校である福岡高校は、ラグビー部も名門だが、強豪東福岡に勝つことは難しかった。だが、3年時の全国高校大会は90回の記念大会となり、福岡県の出場枠が2校になって福岡も花園ラグビー場(東大阪市)でプレーすることができた。

「高校の頃は花園が一番の目標で、日本代表のことなんて考えもしませんでした。高校2年生までは大学で本格的にラグビーをすることすら決めていなかったですから」

【次ページ】 医学を志したが、浪人を経てラガーマンの道へ。

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