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サッカーの原点がある自衛隊チーム日本一決定戦。
~自衛官の知られざる戦いと癒し~ 

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平野貴也

平野貴也Takaya Hirano

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photograph byTakaya Hirano

posted2015/05/31 10:30

サッカーの原点がある自衛隊チーム日本一決定戦。~自衛官の知られざる戦いと癒し~<Number Web> photograph by Takaya Hirano

精鋭が集った第49回全国自衛隊サッカー大会。海自下総が25年ぶり12度目の優勝を果たした。

 試合が行なわれているピッチの脇に、「精鋭無比 第1空挺団」と記された横断幕が掲げられている。その幕の近くから仲間に指示や声援を送るのは、「第49回全国自衛隊サッカー大会」でベスト4に進出した陸上自衛隊習志野駐屯地に勤務する自衛官たちだ。

 1967年に始まったこの大会は、全国の基地、駐屯地のチームが一堂に会する日本一決定戦。視察した原博実JFA専務理事に「サッカーの原点である、走る、戦う、諦めない姿勢を感じさせられた。日本サッカー界が一番大事にしてきたものが、自衛隊サッカーにはある」と言わしめた敢闘精神や、日頃の訓練で培われた逞しさが光っていた。

高校選手権の優秀選手がいても勝ち上がれないレベル。

 参加選手のなかには、全国高校選手権で優秀選手に輝いた大楠恭平(海自厚木マーカス)や、シンガポールリーグでのプレー経験を持つ熊谷哲平(空自第3補給処サッカー部)などハイレベルな選手もいるが、1人、2人の実力者がいるだけで勝てるほど甘くはない。最多17回の優勝を誇る海上自衛隊厚木基地マーカスの守永将平は鹿児島実業高校で選手権を経験しているが、準決勝後に「レベルは関東リーグ2部の方が高いですが、自衛隊は身体能力が高いし、気持ちも強い。変なところでパスがつながったり、とんでもないシュートを決められたりします」と分析。実際、海自下総航空基地との決勝戦では40mの超ロングシュートを決められて優勝に届かなかった。

 4月18日から9日間の日本一決定戦が終わると、彼らは再び任務に戻る。準決勝で敗れて来季のシード権を逃した陸自習志野の宮田瑞穂は、阪神・淡路大震災後に被災地で救助にあたる自衛官に憧れて入隊を決意。いまや、最も過酷なレンジャー訓練にも合格した精鋭である。4年前の東日本大震災の際には防護服をまとい、原発1km圏での捜索活動にも従事した。宮田は「また予選からです。飲水、食事、睡眠が制限されるレンジャー訓練は二度とやりたくないと思う厳しさがありますが、サッカーは連戦で辛くても、またやりたいと思います。癒し……ですかね」と笑って会場を後にした。

 災害現場の最前線で任務にあたる自衛官が、一人のサッカー好きの社会人という素顔を取り戻すこの大会。来年は、節目の50回を迎える。

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