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なぜ世界が井上尚弥をMVPに選出?
減量から解放された「右」の超威力。
posted2015/01/06 10:30
text by
渋谷淳Jun Shibuya
photograph by
AFLO
2014年の年末は東西で3イベント、8つの世界タイトルマッチが行なわれた。
ビッグイベントが一時期に集中するのは決していいことばかりではないが、年末のお祭りムードにふさわしく、充実した内容の試合が多く見られた。中でも際立ったのが井上尚弥(大橋)だ。世界トップのギジェルモ・リゴンドー(キューバ)からダウンを奪った天笠尚(山上)の大奮闘も我々の心を大いに揺さぶったとはいえ、年末のMVPを選ぶなら、やはり井上で決まりだろう。
圧巻の2階級制覇だった。対戦相手のWBO世界スーパーフライ級王者オマール・ナルバエス(アルゼンチン)はアマで2度の五輪出場を誇り、アマ・プロを通じて159戦して一度もダウン経験がないという歴戦の強者だ。いくら若くて勢いがあり、2階級上げて減量から解放された井上といえども、ディフェンスに絶対の自信を持つ39歳を簡単に攻略できるはずがない――というのが専門家筋の見立てだった。
そうした予想はナルバエスの強さだけではなく、井上のこれまでのパフォーマンスとも関係している。デビュー当初から井上が非凡な才能を発揮し、スパーリングで実力者たちを軒並みボロボロにしていたとはいえ、実際の試合で、我々の常識を覆すほどの怪物ぶりを発揮していたかと言えば、そうではなかったからだ。そうした背景から「井上が苦しみながらも勝利」という予想が大勢を占めていたのである。
試合開始30秒、全てを打ち砕いた井上の右。
しかし、試合開始30秒で放った井上の右が、ナルバエスのプライドも、長年築き上げてきたキャリアも、私たちの予想も、すべてを打ち砕いた。少しオーバーハンド気味の軌道を描く右がナルバエスの前頭部を直撃。この一発で己の肉体をコントロールできなくなった王者は、続いて同じような右をガードの上から食らっただけで、あえなくキャンバスに転がった。