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攻撃、守備、そしてサッカー観――。
アギーレと日本の間にある“乖離”。 

text by

田村修一

田村修一Shuichi Tamura

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photograph byTakuya Sugiyama

posted2014/10/16 10:40

攻撃、守備、そしてサッカー観――。アギーレと日本の間にある“乖離”。<Number Web> photograph by Takuya Sugiyama

ブラジルを前に、日本の攻撃は沈黙し、守備陣は蹂躙された。ベストメンバーだったらどうだったのか……、そう想像してしまうことは自然なことであるはずだ。

2014年10月14日(火)
シンガポール・ナショナルスタジアム
日本0-4ブラジル

 試合前にメンバー表を見て驚いた。アギーレは、戦う前から敗戦の言い訳を用意した。

 もしウルグアイかベネズエラに勝っていたら、ジャマイカ戦にこのメンバーを先発させ、ブラジル戦はベストの布陣で臨んだのではないか。

 しかし、たぶんスポンサーとの契約が背景にあるにせよ、ネイマールを先発させた世界最強国のひとつであるブラジルに対し、紅白戦のBチームのような構成の選手たちを送り出すのは、大いに礼を欠くことになる。

 だが、それだけだろうか。

 自ら実践派と位置づけ、哲学は決して表に出そうとしないアギーレが、そんな見え見えのストーリーを描くだろうか。いくらなんでも、ねえ……。

矜持と、自己弁護と、合理性。

 もちろんそうした意味合いも、まったくないわけではないだろう。監督とは、自分の後方以外のすべてと、ときによってはその後方ともひとりで戦わねばならない存在であるのだから。アギーレを見ていると、オシムやトルシエ、ベンゲルらとも共通する、監督の矜持と自己弁護の微妙なせめぎ合いの揺らぎのようなものを感じる。

 ただ、すべてはアジアカップという直近の目標に向けた、合理性を持った確信的なアプローチであるのも間違いない。アギーレと日本、お互いがまだ相手のことを良く知らない。アギーレにとってブラジル戦は、日本人の特性やメンタリティ、そしてもちろん個々の選手たちのそれを知るための絶好の機会でもあった。Jリーグや合宿生活の日常からはうかがいえない、高いレベルではじめて露わになる彼らの可能性や限界を見ることができるからだ。

【次ページ】 アギーレの守備方針に感じる、「師匠」の影響。

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