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袴田巌と“ハリケーン”。冤罪と闘った2人の共鳴。
~殺人犯にされた2人のボクサー~ 

text by

前田衷

前田衷Makoto Maeda

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photograph byBOXING BEAT

posted2014/07/01 10:00

袴田巌と“ハリケーン”。冤罪と闘った2人の共鳴。~殺人犯にされた2人のボクサー~<Number Web> photograph by BOXING BEAT

5月19日、後楽園ホールで袴田さんに名誉ベルトを授与。前列右端で花束を持つのが新田氏。

 ルビン・カーターと袴田巌。長期間自由を奪われた2人の元プロボクサーの人生は、今年大きな転機を迎えた。カーター氏はデンゼル・ワシントンが主演した映画『ザ・ハリケーン』のモデル。'66年に起きた身に覚えのない殺人事件の犯人とされた人物だ。

 2人が冤罪事件に巻き込まれることになった大きな要因は「偏見」だったろう。ボクサーに対する偏見。そしてカーター氏の場合は人種的偏見も重なっていた。

 私的な回想を挟みたい。'80年に最高裁の確定判決が出る直前、今は亡き評論家の郡司信夫さんと一緒に東京拘置所を訪れ、袴田さんと面会した。現役時代は無口な人と聞いていたが、長期間の拘束下で必死に学ばれたのだろう、限られた面会時間に袴田さんは我々に口を挟む隙も与えず語り続けた。無実だから助けてくれとは言わず、「この裁判は不当、断固糾弾されるべきだ」と、まるで正義派の弁護士のように迫力満点に訴えた。帰途、郡司さんが「袴田君はやっていないよ」と言った。温厚篤実で物事を簡単に断定しない人だったので驚いた記憶がある。

ボクシング界は袴田支援の輪に加わり続けていた。

 ある雑誌の依頼で“ハリケーン”カーターについて拙文を寄せたのは30年前。たまたまこれを読み、共感した袴田さんが「わが同志ハリケーン・カーターへ」という手紙を書いた。そんな縁もあって、カーター氏を日本に招こうとトロントまで会いに出かけたこともある。「ハカマダのことはよく知っている。きっと拘禁症状が進んでいるから、早く助け出そう。日本に行く」と言ってくれたが、諸事情あり、来日は実現しなかった。

 ボクシング界が袴田支援の輪に加わり続けたことは誇らしい。特に日本プロボクシング協会内に、袴田巌支援委員会を立ち上げた新田渉世氏の長年の献身的活動には大いに敬意を表したい。新田氏は筆者ができなかった2人の交流にも尽力した。'08年に協会が催した袴田支援イベントで、カーター氏は袴田さんのためにビデオ・メッセージを寄せ、大いに見る者の心を動かした。新田氏はこの映像をWBC他の総会にも持ち込み、クリチコら著名王者の署名を集めている。

 袴田さんが逮捕後48年ぶりに釈放された翌月の今年4月、これを見届けるかのように“ハリケーン”は長い闘病生活の末に旅立った。

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