サッカーの尻尾BACK NUMBER
「シンジ、マドリーに来ないか?」
モウリーニョが香川を誘った日。
text by
豊福晋Shin Toyofuku
photograph byTomoki Momozono
posted2013/11/14 10:31
話をするときは饒舌なモウリーニョだが、カメラの前では思いのほかシャイな一面を見せた。
「カガワの苦境も一時的なものだよ」
色んな話をした。
スティーブ・ジョブズとリーダー論。チェルシーに戻ってきて、まずはじめにフランク・ランパードに伝えたこと。TwitterとFacebookの功罪。信仰と宗教というデリケートなテーマ。それらについて、モウリーニョは真剣に、丸々一時間話し続けた。
2年前の香川にも、きっと彼は考えていることだけを真っすぐに伝えたのだろう。
モウリーニョの誘いを断り移籍したマンチェスター・ユナイテッドで、香川はまだ本来の力を出し切れていない。そんな現状について、奇しくも今季同じプレミアリーグで戦うことになったモウリーニョは温かい見方をしていた。
「たしかに今、カガワのプレー時間は限られているかもしれない。ただ、それは彼だけの責任じゃない。クラブにはモイーズという新監督がやってきて、いま新たなチームを作っている段階だ。ベースを作っている時期なんだ。チーム自体も苦しんでいる。カガワの苦境も一時的なものだよ」
かつて自らが望んだ選手だからなのか、その言葉には優しさすら感じられた。
来年1月、プレミアのピッチで2人は再会する。
サッカーに「たられば」は禁物だ。それでも思い描いてしまう。
あのとき、香川がモウリーニョの誘いに首を縦にふっていたら――。
今頃、彼は白いユニフォームを着てサンティアゴ・ベルナベウに立っていたかもしれない。ロナウドの隣を、スペイン人の喝采を浴びながら駆けていたかもしれない。
いつかバルセロナでプレーするという夢を香川が描いていたというのは有名な話だ。しかしそのバルサを規模で上回る、世界最大のサッカークラブが彼を求め、接触していたのである。スペインでのプレーは、手の届くところまできていたのだ。
モウリーニョと香川。かつて将来について言葉を交わしたふたりはいま、それぞれの場所で戦っている。来年1月、彼らがプレミアリーグのピッチ上で再び相まみえる日が、今から楽しみになってきた。