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<ミラン時代の教え子が語る> レオナルド 「ザックと日本の親和性」 

text by

二宮寿朗

二宮寿朗Toshio Ninomiya

PROFILE

photograph byTamon Matsuzono

posted2010/12/20 06:00

<ミラン時代の教え子が語る> レオナルド 「ザックと日本の親和性」<Number Web> photograph by Tamon Matsuzono

 私がサンパウロから鹿島アントラーズに移籍したのはJリーグ草創期の1994年。日本の文化も雰囲気も人も好きになり、私にとって日本はすぐに愛すべき存在となった。約2年間という短い滞在ではあったものの、心から愛することができた日本だからこそ、鹿島でいい結果を得られたのだと思う。

 日本代表が南アフリカW杯でベスト16に入ったことは非常にいいニュースだった。日本のレベルは確実に上がっている。ただ、今後もっと高いレベルに進むためにはリードしたときの戦い方を成熟させていく必要がある。結果的にカメルーン、デンマークを相手にリードを守ることができたとはいえ、この点はまだまだと言っていい。これは私が鹿島にいたときから感じていたことでもある。日本の選手は時間をうまく使いながら勝ち切ることを得意としていない。その意味では、タクティクスに長けたイタリア出身で細かい部分まで指導できるザッケローニは、日本代表の監督に適任ではないだろうか。

ザッケローニは真面目で勉強家、そして何より紳士である。

 ザッケローニは偉大な監督だ。私がACミランに在籍していた2年目に彼がウディネーゼからやってきて、わずか1年でチームにスクデットをもたらした。前年が10位と低迷したので、あの'98-'99シーズンの優勝は今でも私のなかで鮮烈な記憶として残っている。

 バレージやデサイーたちが抜けて転換期にあったチームを再建するにあたって、彼は始めに「ベースをつくるシーズンにしよう」と呼びかけた。何が何でも優勝しなければという過大なプレッシャーを私たち選手から取り除き、目の前のトレーニングに集中させたのだ。

 戦術のトレーニングは綿密だった。10人のフィールドプレーヤーをそれぞれポジションにつかせ、ボールの位置によって全体がどう動いていくか細かくパターン化していった。

 終盤に7連勝して優勝を決めるとメディアや周囲からは「ラッキーなスクデット」だと言われた。だけど我々はそう思ってはいなかった。運をつかむにしても実力がなければできない。彼の辛抱強いベースづくりがうまくいかなければ、終盤で波に乗ることはできなかったと思う。

 ザッケローニは真面目で勉強家、そして何より紳士である。選手とコミュニケーションを図ることを大切にしていて、ケガで離れている時間の長かった私にも事あるごとに声を掛けてくれた。ケガをしていると不安がちになるものだが、いつも気に掛けてもらっているんだ、と思えるだけで士気は上がった。

【次ページ】 監督としての参考書となったザッケローニの手法。

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