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ロードレース界の先駆者
福島晋一、42歳の引退。
~後輩に受け継ぐ果敢なアタック~ 

text by

森高多美子

森高多美子Tamiko Moritaka

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posted2013/10/20 08:00

ロードレース界の先駆者福島晋一、42歳の引退。~後輩に受け継ぐ果敢なアタック~<Number Web> photograph by AFLO

 積極的な走りでファンを沸かせ続けた自転車ロードレーサー福島晋一が、この秋引退する。

 '04年のツアー・オブ・ジャパンをはじめ全日本や沖縄でチャンピオンに輝き、タイやマレーシアなどアジアを中心に、海外でも表彰台の常連だった福島だが、最大の魅力は勝ち負け以上にその攻撃的な走りのスタイルにあった。

 レースのたびにアタックしては逃げるやり方は泥臭く、ときに無謀ですらあった。しかし、わずかなチャンスに賭ける潔さと、風を切り裂いてゴールを目指すひたむきな姿にファンは熱狂した。

 福島がトップ選手になれたのは、ひとえに勝利への強い執念があったからだ。

「僕は僕が勝ちたいんです」。若いときの福島はこう言って、チームの作戦に逆らってでも、エースを助けるだけのアシストに甘んじることを自分に許さなかった。

 こうしてアジアでは一、二を争うレーサーへと上り詰めた福島だが、目標はあくまでもツール・ド・フランスだった。早くからフランスに拠点を置き、'06年にはツールとほとんど同じ顔ぶれで行なわれるシャトールー・クラシックで3位に入るなど、実力的には申し分ないことを証明したが、このときすでに34歳。参加資格のあるチームへの移籍はかなわなかった。

ツール・ド・フランスを走った新城、別府が慕う兄貴分。

 しかし、その後、かつてのチームの後輩、新城幸也(ヨーロッパカー)と別府史之(オリカ・グリーンエッジ)がツールに出場を果たした。特に新城は福島自身が見出し、フランスでは同じ家で兄弟のように過ごした仲だ。「何を教わったかなんて、とてもひと言では言い表せない」というほど、選手として必要なすべてを福島から学んだ。「ツールは夢ではなく目標」という福島の気概を間近に感じることがなければ、彼らにとってもツールは夢のままだったかもしれない。

 昨年、41歳で世界選手権に日本代表として出場し、海外メディアから驚きをもって迎えられた福島も、10月19、20日のジャパンカップを最後に指導者としての道を歩みだすことを決意した。いくつもの言語を操り、面倒見もいい彼ならきっと上手くやれるだろう。だとしても――。

 こんなに不器用で、こんなに愛される福島晋一みたいな選手を育てるのは、そう簡単なことじゃない。

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