ブックソムリエ ~必読!オールタイムベスト~BACK NUMBER

名ジャーナリストが描く、
ボートにとり憑かれた男たち。
~五輪を目指す『栄光と狂気。』~ 

text by

馬立勝

馬立勝Masaru Madate

PROFILE

photograph bySports Graphic Number

posted2013/10/30 06:00

名ジャーナリストが描く、ボートにとり憑かれた男たち。~五輪を目指す『栄光と狂気。』~<Number Web> photograph by Sports Graphic Number

『栄光と狂気。 オリンピックに憑かれた男たち。』デイビッド・ハルバースタム著 土屋政雄訳 TBSブリタニカ 現在絶版(1987年刊)

 1984年サラエボ冬季五輪をテレビで観たデイビッド・ハルバースタムはその「誇大広告じみた中継」に驚いた。7月にはロサンゼルスで夏季大会だ。商業主義に突き進む五輪だが、メダルを獲っても金銭的な見返りもなく、名声にも無縁の日陰のスポーツには、まだ純粋のアマ選手が生き残っているはず。「その姿を記録する」、それが本書になった。

 対象はロス五輪ボート競技、シングル・スカルのアメリカ代表の座を争う4人の選手と1人のコーチだ。モスクワ五輪のボイコットで断たれた夢に再挑戦する者、読書が上手く出来なかった少年時代の秘密を抱える者、小柄な体格を完璧な技術でカバーしようとする者、ボートの盛んな東部勢に挑戦する西部の一匹オオカミ。そして彼らの実力を冷徹に値踏みするコーチ。そんな5人の男たちの葛藤の物語である。

難行苦行を課して狂おしく闘い続ける5人のエリート。

 ボート競技は「苦痛のスポーツ」と言う。ただ過酷なだけのそんな競技にとり憑かれるのはほとんどが中流上層の白人子弟たちで、名門大学在籍か出身者だ。いずれも社会のエリートになれるキャリアを危険にさらしてボート競技にしがみつき、難行苦行を自分に課して狂おしく闘い続けている。5人はその典型だった。

 著者は、選手の心の中に分け入った。彼らの克己心、嫉妬心、競争意識、確執を医学報告書のようにつづった。漕ぐこと一点に集中される過酷な練習描写の執拗な積み重ね。登場人物の顔はいつも苦痛にゆがみ、心は緊張で張り裂けそうだ。1ページ、1行ごとに取材の知見が刻まれ、立ち現れるのは、ストイックなモノクロームの世界。それでいて陰鬱にならず、清浄な気を感じるのは、その姿が修行僧に重なるからだろう。

 ベトナム報道でピュリッツアー賞受賞の著者によるバスケットボール、野球と並ぶスポーツ本中の異色作。読後の充実感は格別だ。原題『ジ・アマチュアズ』を内容に即し『栄光と狂気。』としたのに納得する。

関連コラム

ページトップ