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“相撲の神様”双葉山が
追い求めた横綱像。
~白鵬にかかる大記録の重み~ 

text by

服部祐兒

服部祐兒Yuji Hattori

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photograph byKYODO

posted2010/11/13 08:00

“相撲の神様”双葉山が追い求めた横綱像。~白鵬にかかる大記録の重み~<Number Web> photograph by KYODO

 横綱白鵬が、「相撲の神様」「昭和の角聖」と称される不世出の大横綱双葉山の69連勝を更新できるのか。九州場所は初日から、異様な雰囲気・例えようのない緊張感に包まれるに違いない。白鵬の相撲を、固唾をのんで見守る相撲ファンの気持ちは一体どうなのか。

 双葉山が打ち立てた69連勝は昭和11年1月場所7日目から昭和14年1月場所3日目まで、年2場所制の中、足掛け4年にまたがる大記録である。日中戦争が泥沼化し、太平洋戦争が間近に迫る時局のことであり、当時は国民的娯楽として大相撲が親しまれていた。「双葉の前に双葉無し、双葉の後に双葉無し」の言葉が示すように、双葉山は国民的英雄だった。

 双葉山は、少年時代の負傷(5歳の時に吹き矢が当たったという)が元で右目が半失明状態だったことや、事故で2度も右手の小指に重傷を負い不自由だったというハンデを抱えていたと言われる。しかし不屈の精神力と猛稽古でその影響を全く感じさせない相撲を取った。

双葉山を知るファンは、白鵬をどんな心境で見守るのか。

 安藝ノ海に70連勝を阻まれた際、知人に打電した「ワレイマダモッケイタリエズ」という文章からも分かるように、双葉山の目標は「木鶏(もっけい)」であった。木鶏とは、「荘子」に出てくる鍛えられた闘鶏が、木彫りの鶏のように静かであるさまを表した言葉である。双葉山が精進し極めようとした相撲道の頂点は、正に「人格」と「技量」を兼ね備えた究極の横綱像だったと推察される。3年ぶりの敗戦に、アナウンサーがその目を疑い、控えのアナウンサーに確認までした館内放心状態の中、双葉山は普段通り一礼をし、全く表情も変えずに花道を引き揚げたという。当時唯一の「負けて話題になる力士」は、この日が来るのを絶えず冷静に予期していたのではなかろうか。「動じず、騒がず、横綱らしく」、負けても絵になった。

 立合いの「後の先」といわれる戦法や強烈な左上手投げが印象深い。また「稽古は本場所の如く、本場所は稽古の如く」「相撲は体で覚えて心で悟れ」「勝負師は寡黙であれ」など、相撲道の真髄をつく名言も数知れず残した。

 双葉山を知る相撲ファンは、恐らく複雑な心境で白鵬を見守るに違いない。白鵬には空前絶後の大記録の重みを存分に感じながら、土俵に上がってもらいたい。

■関連リンク► 新時代にふさわしい白鵬の連勝記録。~千代の富士と比較して~
► 白鵬は双葉山の69連勝を超えるか? (言わせろ!ナンバー 結果レポート)

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