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女子ジャンプの先駆者、山田いずみ。
母として挑む、初の女性コーチ。 

text by

松原孝臣

松原孝臣Takaomi Matsubara

PROFILE

photograph byShino Seki

posted2013/07/15 08:01

女子ジャンプの先駆者、山田いずみ。母として挑む、初の女性コーチ。<Number Web> photograph by Shino Seki

今回の合宿でソチ五輪でメダルが期待される高梨沙羅に対し、山田氏は「これから、もっとプレッシャーがかかってくる。うまくフォローしてあげられれば」と話した。

 6月末に行なわれた、ノルディックスキー・ジャンプの男女合同合宿。

 この合宿が初仕事となった新任コーチがいる。全日本女子チームの山田いずみ氏である。

 これまで、ジャンプのナショナルチームは男女ともに男性のコーチしかいなかったので、初の女性の指導者でもある。

「いろんなコーチから冷やかされました」

 そう笑うが、決意を抱えての出発である。

 現在34歳の山田氏は、現役時代、日本女子ジャンプ界の第一線で活躍した選手だった。

 小学生でジャンプを始め、中学1年でノーマルヒル、高校2年でラージヒルを飛んだ。いずれも、日本の女子では初めてのことだった。

 1999年には、国際スキー連盟が創設した女子の国際大会に初めての日本代表として、葛西賀子とともに出場し、'09年、女子ジャンプが初めて採用された世界選手権にも出場。

「初めて」という言葉が何度も出てくることが物語るように、女子ジャンプのパイオニア的存在である。

当時は女性が大会に参加すること自体が難しかった。

 苦労も少なくはなかった。

 小学生の山田氏がジャンプを始めたのは、「女性が飛ぶなんて」「女性には無理だ」と思われていた時代だった。

 そのため、大会に参加すること自体がままならなかった。中学時代は、札幌市内の大会には出場できても、北海道や全国レベルとなると、女性が出場する道は閉ざされていたも同然だった。

 それは選手として活動を続けるルートがなかったことをも意味する。どの学校に進学すれば競技を続けることができるのか、社会人になったあとはどうすればよいか。活動費の工面の問題だってある。

 そんな大きな困難と直面しながらも、周囲の協力も得ながら、活動を継続する道を模索し続けた。その原動力となったのは「飛びたい」という思いだった。

 やがてその熱意にこたえるように、大会に参加する道が徐々に広がっていく。女性ジャンパーも少しずつ増えていった。山田いずみというモデルがあったからこそだ。

 '09年2月の世界選手権に出場した翌月に現役を退いた山田氏は、その後、普及活動や大会の解説などで活躍し、そして今回のコーチ就任となったのである。

【次ページ】 「コーチは初心者なので、どんどん勉強したい」

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