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怖れが現実となった
丸藤正道の“過労欠場”。
~三沢光晴の死が残した教訓~ 

text by

門馬忠雄

門馬忠雄Tadao Monma

PROFILE

photograph byNIKKAN SPORTS

posted2010/08/31 06:00

獣神サンダー・ライガーら他団体の難敵とアウェーのリングで激闘、次々撃破してきたが

獣神サンダー・ライガーら他団体の難敵とアウェーのリングで激闘、次々撃破してきたが

 やはり危惧していたことが起こった。ノアの若きリーダー、丸藤正道が7月25日、DDTの両国国技館大会でケニー・オメガ(欠場した飯伏幸太の代役)との試合に勝利したものの、右肩と首を負傷。変形性頚椎症性神経根症と診断され、長期欠場に追い込まれたのだ。

 昨年3月に右ヒザを痛めて手術、12月の日本武道館大会で復帰したばかり。再起してまだ1年も経っていない。G1クライマックスの初出場が決まり、カードも発表済みだっただけに、ノアのフロントばかりでなく、新日本の関係者も「彼に代わる選手は見当たらない!」と真っ青になった。

 丸藤は明らかに働き過ぎだった。筆者は今年のゴールデンウイーク中に、スポーツ紙のコラムで「丸藤のハードワークが怖い!!」と書いた。再起直後に行なわれた新日本主催の「スーパーJカップ」で優勝。年明け1・4東京ドーム大会でタイガーマスクを破ってIWGPジュニアヘビー級王座を奪取すると、以来、新日本との対抗戦の先頭に立ち、働きづめに働いてきた。GW中にIWGPジュニア王座V5を果たし、猪木IGF大阪大会、TAKAみちのく率いるK-DOJO大会に出撃するなど、通常では考えられぬ暴れっぷりを見せてきたのだ。

忘れてはならない三沢光晴の事故死という“悲劇”。

 今年、創立10周年を迎えたノアには、数々の記念興行が予定されている。丸藤は副社長だ。イベントの“トップセールス”として、他団体のリングに立つのは理解できる。しかし、これでは体がもつまい――。心配していたことが現実になってしまった。

 さる6月13日は、丸藤の“育ての親”三沢光晴さん(享年46)の命日だった。試合中の事故死だっ
たが、その引き金となったのは、古傷の頚椎損傷だろう。つまり、肉体疲労の蓄積だ。丸藤は、三沢さんの事故死という“悲劇”を忘れてはならない。プロレスにはケガがつきものだが、改めて選手の健康管理の大切さが浮き彫りになった今回のトラブルだった。

 丸藤は、8月6日の後楽園ホール、G1開幕戦に姿を見せ、観客の前で負傷欠場を詫び、再び新日本のリングに立つことを約束した。「痛みはないし、右肩も上がるようになったから大丈夫ですよ」と語る丸藤の表情は意外と明るかった。一日でも早い復帰を願うだけだ。

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