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ノアの絶対エース引退。
小橋建太の断腸の思い。
~45歳、満身創痍の決断~ 

text by

門馬忠雄

門馬忠雄Tadao Monma

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photograph byNIKKAN SPORTS

posted2013/01/20 08:00

ノアの絶対エース引退。小橋建太の断腸の思い。~45歳、満身創痍の決断~<Number Web> photograph by NIKKAN SPORTS

「これ以上、小橋建太のプロレスができない」と引退表明。残り1試合に全身全霊をかける。

 突如の激震で、団体に亀裂が入った。ノアの絶対エース、小橋建太が第2の人生に舵を切ったのだ。2013年に向けて身を削る45歳の決断だった。

 昨年12月9日、東京・両国国技館大会。第5試合終了後、自分のテーマ曲「GRAND SWORD」を背に入場したオレンジのネクタイにスーツ姿の小橋。

「まず、最初に言っておきたいことがあります。一部で報道されたノアからの戦力外通知、解雇などというのは一切ありません」

 マイクを持って一呼吸。

「ですが、実は4年前から首(頸椎)の影響で左腕、左足に力が入らなくなってきていました。医師から緊急手術するか、引退するか、どちらか決めてほしいと言われました。今年7月に思い切って首を手術しました。ここまで復活を目指し、がんばってきました。しかし、依然として状態は悪く、ここにきて私自身、完全復活は無理だと判断して……」

 言葉を詰まらせ、沈黙が流れる。

「引退すると決意しました」

 観客席がどよめくなか、また一呼吸。

「でも、プロレスは僕の命です。もう一度、もう一度だけリングに上がって、完全燃焼して自分のプロレス人生に区切りをつけたいと思います」

引退試合を行うには、リハビリにおける体力作りが先決。

 病める身、断腸の思いで、かなり長い時間の挨拶を行なった。「小橋建太に世代交代はない」とまで言い切った男が、ついに腹を固めたのだ。

 ノアは昨夏で創立13年目を迎えた。しかし、小橋がリングで活躍したのは実働2年にも満たない。'06年の腎臓ガンの摘出ばかりでなく、'01年1月の右膝関節軟骨骨折に始まり、左膝前十字靭帯不完全断裂、両肘の関節の手術、さらに左脛骨亀裂骨折など長期欠場の繰り返しだった。

 全日本の「四天王」時代から蓄積した肉体疲労がいっぺんに噴出した感じである。'09年6月にリング死した設立者、三沢光晴さんのことを思い起こせば、もっと早い時期に「決断」してほしかった。

 引退試合は「思い出多い日本武道館で……」という活字が気になった。彼の性格のよさが、担当記者の誘導質問に答えさせたものだろう。まずリングに上がるにはリハビリにおける体力作りが先決だ。

 いまの小橋建太には「ご自愛を……」の言葉しかかけられない。

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