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中山雅史はずっとスターであり続ける。
~福西崇史が感じたゴンの存在感~ 

text by

細江克弥

細江克弥Katsuya Hosoe

PROFILE

photograph byAFLO

posted2012/12/25 06:00

12月4日に札幌で会見を行った中山。福西と中山はジュビロ磐田で12年に渡って共にプレーし、黄金期を支えた。

12月4日に札幌で会見を行った中山。福西と中山はジュビロ磐田で12年に渡って共にプレーし、黄金期を支えた。

12月4日、2012年限りで第一線から退くことを発表した中山雅史。
磐田の黄金期を共に支えた福西崇史が、偉大なストライカーを回想する。

 携帯電話に表示された不在着信通知を見て、何となく、そういう話なんだろうと察しました。

 折り返してつながった電話の向こうで、中山さんは今季限りで第一線から退くことを伝えてくれました。

膝のケガで出なくなった“一歩”……それでも「引退」は口にせず。

 膝のケガの影響で“一歩”が出なくなってしまったこと、それによって理想とするイメージとのギャップを埋め切れないこと。その言葉からは、決断せざるを得ない歯がゆさやもどかしさも感じられました。

 それでも努めて明るく、中山さんはカムバックの可能性さえ口にしました。その言葉は、もしかしたらこちらに心配させまいとする気遣いかもしれないし、中山さん自身の照れ隠しかもしれない。あるいは、本気でそう考えているのかもしれません。

 たとえ年齢を重ねて肉体が悲鳴を上げても、中山さんのプロサッカー選手としてのメンタリティが衰えることはあり得ません。だから電話でも記者会見でも、最後まで「引退」という言葉を口にしなかったのではないかと僕は思います。

テレビの「ゴン中山」とは別人のストイックに自らを追い込む姿。

 ジュビロ磐田の選手寮の玄関で初めて中山さんと挨拶をかわしてから、もう18年もの歳月が流れようとしています。振り返ればその間、僕はずっと中山さんの背中を追い続けてきました。

 まだ高校を卒業したばかりの僕にとって、中山さんはあの「ドーハの悲劇」を乗り越えたスターでした。ただ、チームメートとしての中山さんは、テレビに映る底抜けに明るい「ゴン中山」とはまるで別人でした。練習前には尋常ではないウェイトトレーニングをこなし、それでも平然と全体練習に全力を注いだ後で、黙々と居残り練習に励む。紛れもないリーダーでありながら口数は少なく、いつも背中で何かを語っていました。あの頃の僕は、そんな中山さんの背中をお手本として「プロとは何か」を学びました。

 だから、個人的に強く印象に残っているのは、一緒に手にしたタイトルや数々のゴールよりむしろ、試合前のミーティングで発せられる中山さんの言葉や気持ちの入れ方、存在感の重みに他なりません。そんな姿とは対照的に、決定的なチャンスでシュートを外して「ゴメン!」と謝る姿も脳裏をよぎります。

<次ページへ続く>

【次ページ】 “ジュビロ会”で感じ取った、やりきれなく歯痒い心境。

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