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W杯出場を決めたジャパンに
足りない“熱”。
~秩父宮ラグビー場は燃えず~ 

text by

大友信彦

大友信彦Nobuhiko Otomo

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photograph byShinsuke Ida

posted2010/06/07 06:00

W杯出場を決めたジャパンに足りない“熱”。~秩父宮ラグビー場は燃えず~<Number Web> photograph by Shinsuke Ida

香港戦の観客は9406人。試合後、W杯出場を記念してファンを交えての撮影が行なわれた

 ラグビーW杯に予選が導入されたのは、'91年の第2回大会から。そのときはアジアとオセアニアをまとめて予選が行なわれ、日本とトンガ、西サモア(現在のサモア)、韓国の4カ国が日本に集まり、W杯出場2枠を争った。

 宿澤広朗監督と平尾誠二主将が率いた日本代表は初戦でトンガを撃破。続いてW杯切符をかけ、アジア選手権で2連敗中だった韓国と対戦した。試合は前半、韓国の激しい闘志の前に0対10の劣勢。だが、水曜午後のスタジアムに駆けつけたネクタイ姿のファンら2万人に背中を押されたジャパンは、前半ロスタイムから細川隆弘、吉田義人、シナリ・ラトゥが4連続トライを畳み掛け、26対10の痛快逆転勝ち。試合終了後には、歓喜したファンが宿澤監督を胴上げした。'90年4月11日は、記者の実感による『秩父宮が燃えた日』ランキングでも歴代トップ3に入る。

指揮官カーワンの意図が裏目に出た遠距離移動。

 '10年5月22日、日本は香港を94対5で破り、7大会連続のW杯出場を決めた。国内でのW杯出場決定は、観客席がネクタイで埋まったあの日以来20年ぶり! だが……スタンドにもピッチにも、あの日のような熱は感じられなかった。

 観客は1万に届かなかった。点差も大きく開いた。だが理由はそれだけではない。

 日本代表はこの春、秩父宮での3連戦にあたり、試合の間はすべて遠く宮崎で合宿した。練習場もすぐ隣という超高級ホテル滞在の代償は、2週で4度の長距離移動。「選手をタフな状況に置くのを意図した」と指揮官カーワンは話したが、選手は明らかに疲労。

日本代表から積極的に情報発信する好機だったが……。

 しかも、宮崎まで足を延ばすメディアは限られ、W杯最終決戦に向けた日本代表のニュースはほとんど露出されないまま。昨秋来日したNZ代表と豪州代表が、連日会見を開いて最新情報を流通させていたのとは対照的だった。チームの中枢を外国人選手が占め、一般ファンの関心を掴みにくくなっている現在、日本代表の側から積極的に情報を発信する好機だったのだが。

 同日、前座で12年ぶりの国内テストマッチが実現した15人制女子日本代表は、低予算のため1週間前に1日だけ練習、試合の日も当日集合・当日解散という過酷な日程ながら香港に17対0の完封勝利。

「絶対に勝って、男子のW杯出場決定に繋げよう! と言って試合に臨みました」

 岡田真実主将の言葉に、“熱”を感じた。

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