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気迫と向上心の男・米満達弘。
男子レスリング復活を告げる金メダル。 

text by

松原孝臣

松原孝臣Takaomi Matsubara

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photograph byAsami Enomoto/JMPA

posted2012/08/13 11:40

気迫と向上心の男・米満達弘。男子レスリング復活を告げる金メダル。<Number Web> photograph by Asami Enomoto/JMPA

男子レスリングでは、1988年ソウル大会以来24年ぶりとなる金メダルを獲得した米満。試合後、「ブルース・リーと宮本武蔵にはちょっと近づけた」と喜びを表現した。

 日の丸を掲げてマットを走り回る。そして跳びはねる。

 全身に喜びがあふれていた。

 8月12日、ロンドン五輪最終日、レスリング男子フリースタイル66kg級の米満達弘は、世界一になったうれしさに満ち溢れていた。

「夢のようです」

 と、当の本人は、表現した。

 1988年のソウル五輪以来、24年ぶりの日本男子金メダルである。レスリング界の悲願を果たした立役者となった米満は、中学時代は柔道に打ち込み、高校入学とともにレスリングを始めた選手である。小さな頃から始める選手も少なくない中で、競技のスタートは遅かったのだ。それでも高校3年のときには、高校総体や国体に出場し、好成績をおさめるまでに急成長する。

 その理由のひとつは、169cmの身長よりもはるかに長い184cmのリーチや、図抜けた柔軟性という身体能力にあった。

「過去の自分を超えたい」という強い向上心を原動力に。

 そして、練習でも試合でも全力を出し切る気迫も武器であった。

 高い身体能力と気迫、この2つを持つ米満は、拓殖大学、自衛隊体育学校へと進むにつれ、少しずつステップアップしていった。

 気迫はときに、「怪我が多い」という弊害となった。それでも、怪我をハンディとしない精神力が米満にはあった。以前、負傷でリハビリに入った期間には、「もっと体幹を鍛えなければ」と、体幹トレーニングに励んだように、時間を無駄にすることなく、課題をひとつずつつぶしていったのである。

 そこまで徹底してレスリングに打ち込んでくることができた理由は、米満の言葉に要約されている。

「過去の自分を超えたい」

 少しでも強くなりたい、もっといいレスリングができるようになりたい。その向上心こそが、なによりも、米満を日本代表にまで成長させた原動力であった。

【次ページ】 場内からどよめきが起こった、決勝での豪快な大技。

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