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<チームメイトが好敵手> ハミルトン×バトン 「二人の王者の密かな不安」 

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船田力

船田力Chikara Funada

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photograph byMamoru Atsuta

posted2010/04/21 06:00

<チームメイトが好敵手> ハミルトン×バトン 「二人の王者の密かな不安」<Number Web> photograph by Mamoru Atsuta
2008年に王者になったハミルトンと、2009年の勝者バトン。
今年のマクラーレンは「セナ・プロ」以来、最強の布陣を揃えた。
そこに真の勝算はあるか、はたして両雄は並び立ち得るのだろうか。

 3月28日、午後6時45分。照明に照らされ、暗がりの中に浮き上がった表彰台の真ん中で、マクラーレンのジェンソン・バトンは拳を高々と突き上げた。

 メルボルンで開かれた第2戦オーストラリアGP。勝ち名乗りをあげたのは開幕戦を制したフェラーリのフェルナンド・アロンソでもなければ、現在最速と謳われる、レッドブルのセバスチャン・ベッテルでもない。今シーズン「4強」と目される面々(アロンソ、ベッテル、マクラーレンのルイス・ハミルトンとバトン)の中でもっとも存在感が薄いドライバーだった。

 事前の下馬評を覆す勝利だっただけに喜びもひとしお。表彰台の下から見守っていたクルーは野太い歓声で応える。続いて行なわれた優勝記念の撮影会には、バトンの恋人である道端ジェシカ嬢も加わる。マクラーレンのチームは、まさにお祭り騒ぎだった。

第2戦オーストラリアGPではバトンが勝利。タイヤ交換などのレース巧者ぶりが光った

 しかし、その喜びの輪の中にハミルトンの姿はなかった。6位でレースを終えたハミルトンは、ガレージに戻ってきたバトンを軽く祝福したあと、さっさとホスピタリティエリアに戻ってしまったからだ。

 初戦のバーレーンGPでは3位に入賞していたが(バトンは7位完走)、今年チームに加入してきたばかりの「新顔」に先を越されたことで、ハミルトンが屈辱を感じている様子ははっきりとうかがえた。

 気の早いレース関係者の中には、チーム内部に不協和音が響き始めたのではないかと勘ぐる者さえいる。ましてやマクラーレンには、二人のドライバーが凄まじいまでの確執を演じたという忌まわしい過去がある。

セナ・プロスト以来、20年ぶりに成立した王者の布陣。

 今年のマクラーレンは、チャンピオンに輝いた経験を持つドライバーを二人擁する布陣を敷いた。これは1989年の“ジョイント・ナンバーワン”、すなわちアイルトン・セナとアラン・プロストがコンビを組んで以来のこととなる。

 約20年ぶりとなるこうした体制は、いかにして成立したのか。引き金となったのはヘイキ・コバライネンの離脱である。

 マクラーレンでは、昨シーズン中に既にコバライネンと契約を更新しないことを決定。チーム代表のマーティン・ウイットマーシュは、後任探しを早い段階から行なっていた。

 そこで彼が掲げた条件は一つ。可能な限り優秀な人材を獲得するということだった。

 最初に声をかけたのは、'02から'06年まで在籍していたキミ・ライコネン。交渉はシーズン終了間際まで続いたが、ライコネンがF1への思い入れをなくしていたために頓挫する。そこで白羽の矢が立ったのが、10月18日のブラジルGPでタイトルを獲得したばかりのバトン(当時ブラウンGP)だった。

 ブラジルGPを終えてイギリスに戻る途中、ウイットマーシュはバトンに移籍の話を持ちかける。バトンはこれを快諾。ほぼ1カ月後の11月16日には、バトンのマクラーレン入りが発表されたのである。

 この結果マクラーレンは、現在のF1界に二人しか存在しないイギリス出身のドライバー、しかも過去2年間、それぞれチャンピオンを獲得してきた人物を揃える形になった。もともとマクラーレンは英国のチームであるだけに、まさにオールブリティッシュのチームが誕生したことになる。

【次ページ】 チームが探していた「最高のドライバー」がバトンだった。

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