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<最強バルサの原点> ロナウジーニョ 「ラスト・ファンタジスタ」 

text by

熊崎敬

熊崎敬Takashi Kumazaki

PROFILE

photograph byToru Morimoto

posted2012/02/20 06:00

かつてバルセロニスタを熱狂させ、その後決して
円満とは言えない経緯で去っていった“最後の遊び人”。
バルセロナには彼の面影が今も色濃く残っている。

 FCバルセロナはもはや、スポーツクラブというより巨大な企業のようだ。本拠地カンプノウに隣接する、かつての小さな練習場は駐車場に変わり、郊外に大規模なトレーニング施設が造られた。一切の無駄が排された清潔で機能的な事務所は、一流企業のオフィスにいるかのようで少々息がつまってくる。

 だが、町役場のような気安さは残されている。事務所の一室で関係者を取材していると突然ドアが開き、テレビや新聞で目にする顔が現われた。第39代会長、サンドロ・ロセイ。副会長時代にロナウジーニョを獲得した人物として知られる、優秀な経営者だ。バルサに空前の成功をもたらした男は興奮気味に捲くし立てた。

「いまの強いバルサの原点は、ロナウジーニョだ。彼のお陰で、バルサは新たな時代の扉を開くことができた。人生には頂点に到達すること、そして頂点に立ち続けるという、ふたつの目的がある。メッシやシャビ、イニエスタが頂点で戦っていられるのも、ロナウジーニョがいたからなんだ。彼はバルサを頂点に引き上げてくれた最大の功労者。そのことを忘れちゃいけない。ロナウジーニョには永遠に感謝しなければいけないんだ」

'03年、掃き溜めのようなバルサにロナウジーニョは舞い降りた。

第39代バルサ会長のロセイ。「改めて振り返ると、二枚目のベッカムではなく、笑顔のロナウジーニョを選んだのが大正解だったね」

 いまでは信じられないことだが、2000年代初頭のバルサは無冠続き、会長や監督のクビが次々と飛んでいた。「クラブ以上の存在」であるバルサの不振は、この街の人々を憂鬱にし、怨嗟の声が渦を巻いていた。そんな掃き溜めのようなバルサに'03年、ロナウジーニョは舞い降りた。

 地元ラジオ局「RAC1」でバルサ番のレポーターを長く務めているソニアは、初対面の印象を次のように表現した。

「光のない世界に、太陽が現われたの!」

 日韓ワールドカップで優勝したとはいえ、パリで冴えない日々を過ごしていたロナウジーニョは、バルサにしてみれば未知の若者に過ぎなかった。だがプレーをする以前から、彼は特別な空気を身にまとっていた。

「彼は笑っていたのよ。当時のバルサは楽しそうじゃなくて、深刻な表情でプレーする選手ばかりだった。でも、そんな空気をロナウジーニョが変えてくれた。何もしないうちから、すべてを照らすような笑顔によって、みんなの心に希望の光を灯してくれたのよ」

 バルサにやって来たロナウジーニョは、新居に足を踏み入れた子どものように忙しなく動き回った。スタジアムやオフィスを隅から隅へと覗いては会う人々と抱擁し、人懐こい笑顔を浮かべて言葉を交わした。掃除係の女性とも仲良くなり、瞬く間に人々の心を鷲づかみにしてしまった。

<次ページへ続く>

【次ページ】 ジダンやベッカムにはできない、ロナウジーニョの魔法。

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