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歴代最多キャッパー、
元木由記雄のこれから。
~世界一を目指したラガーマン~ 

text by

大友信彦

大友信彦Nobuhiko Otomo

PROFILE

photograph byNobuhiko Otomo

posted2010/04/08 06:00

3月のオールスターでMVP受賞。神鋼に'94年同期入社で同年の伊藤から花束を受け取る

3月のオールスターでMVP受賞。神鋼に'94年同期入社で同年の伊藤から花束を受け取る

「来年、今より強い自分になれる自信がない」

 38歳の元木由記雄はそう言ってジャージーを脱いだ。37歳の昨季までは常に、「今より強い自分になる」という確信を持って選手生活を重ねてきたのだ。

 '91年4月に、19歳8カ月で日本代表デビュー。以来4度のW杯の舞台に立ち、歴代最多の79キャップを積み重ねた。

 ボールを持てば、相手のタックラーが群がる中を突き進んだ。防御ではボールを奪い取るまで骨軋むタックルを反復した。トライチャンスでは相手のプレッシャーに真正面から向き合い、ギリギリまで接近して精緻なラストパスを放った。

 国内でもトップランナーであり続けた。大阪工大高(現・常翔学園高)2年で全国制覇し、高校日本代表入り。明大では3度の大学日本一。神戸製鋼ではルーキーイヤーにV7を達成し、'99年度に5年ぶりの優勝、'03年度はトップリーグ最初の優勝とMVPを獲得した。

常識を超える猛特訓で「世界一強い」肉体を作り上げた。

 あらゆるグレードで栄光を掴み取った強靭な肉体の原点は、高校時代の『穴掘り』にある。荒川博司監督(故人)から「オールブラックスの選手がやってたらしいぞ」と言われ、練習が夜8時に終わった後、毎日淀川の河川敷で自分の背丈ほどの深さの穴をスコップで掘り、埋め戻し、全身を鍛え上げた。高2で呼ばれた高校日本代表候補合宿では背筋力300キロを記録し、スタッフを驚かせた。

 荒川監督の助言を実行したのは元木だけだった。目指したのは日本一ではなく、「世界一強くなること」。それを実現させるための、常識外れの努力の積み重ねが元木を特別な境地に導いた。アキレス腱断裂など数多の負傷、さらに責任感が強いあまりパニック障害に襲われたこともあったが、真摯な努力で克服してきた。

U20代表のヘッドコーチとして次代の英雄を育てる。

 次の使命は、若手の育成。5月にロシアで開かれるジュニアワールドトロフィーに出場するU20日本代表のヘッドコーチ就任が決まった。

「僕が選手に求めるのは、まず何よりも逃げないこと。身体の大きな外国人が相手でも、まず真正面から勝負する。それができて初めて接近プレー、アジリティという日本人の特性を活かせる」

 コーチとはいえ、「練習ではスパイクを履きます」。次の英雄を育てるため、元木はこれからも身体を張り続ける。

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