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<日本代表名勝負異聞> '94W杯アジア予選 vs.韓国 「西野朗と山本昌邦のスパイ大作戦」 

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戸塚啓

戸塚啓Kei Totsuka

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photograph byNaoya Sanuki

posted2010/03/30 10:30

<日本代表名勝負異聞> '94W杯アジア予選 vs.韓国 「西野朗と山本昌邦のスパイ大作戦」<Number Web> photograph by Naoya Sanuki
誰もがよく知るベストゲームの裏側に語られざる勝因が潜んでいた。
ピッチ外の視点で、名場面を振り返る。

 んんっ? 山本昌邦は傍らにいる西野朗と顔を見合わせた。双眼鏡越しに見る韓国の布陣が、過去3試合とは違うものだったのだ。

 1992年から若年層の代表チームを率いてきた二人は、'93年10月の米国W杯アジア最終予選に帯同した。肩書はアシスタントコーチだが、ベンチに入ることはなく、練習にも参加していない。対戦相手のスカウティングが、彼らに課せられたミッションだった。

 イランとイラク、韓国と北朝鮮といった政治的緊張をはらむ関係が内在したこともあり、AFCとFIFAは大会運営に細心の注意を払っていた。試合を裁くのは欧州から派遣された審判団で、各国の練習は自国のメディア以外には基本的に非公開とされた。練習時間は事前に公表されたが、情報漏れを防ぐために直前で変更する国もあった。

機関銃を突きつけられながらサウジの練習を盗み見た。

 現地ドーハ入り後は、初戦で対戦するサウジアラビアを徹底的にマークした。MFアミンがケガをしているという情報の確度を見極めるのが、オフト監督からの指示だった。サウジは同じホテルに宿泊していたので、選手の顔を覚えるためにロビーへ張り付いた。

「アミンは数日前からゲーム形式の練習に加わったので、出るぞという結論に達しました。実際に先発でフル出場しています」

 匍匐(ほふく)前進のように崖をよじ登った。警備の警官に見つかってしまい、機関銃を突きつけられることもあった。「相手を分析する以前に、どうやって練習を観るのかが大変だった」と山本は振り返る。身の危険さえ感じながら集めた情報は、毎日の夕食後に報告した。オフトは質問を挟みながら話を聞き、「じゃあ、明日も行ってくれ」と繰り返した。

 今日は練習を観ることができても、明日も観られるとは限らない。だが、「観られなかった」と言えるはずはない。報告を終えた山本と西野は、二人だけで作戦を練る。昨日よりいい場所はないか。何とかして練習場の中へ入り込めないか。チームとはまったく別のところで、彼らは対戦相手と格闘していた。

韓国戦で決めたカズのゴールは“双眼鏡”のおかげ!?

 そうやってつかんだのが、韓国の変化だった。1勝1分1敗で迎える宿敵との第4戦は、負ければW杯出場の可能性が消滅しかねない大一番だった。

「練習場の隣のビルの屋上から、双眼鏡で覗いていたんです。そうしたら、FWの高正云が右サイドのMFに入っている。これはカズ対策だ、日本の左サイドのスペースを消すためだと思いました。韓国は裏をかこうとしてきたけれど、事前に分かっていたわけです」

 試合直後の報道では、森保一の出場停止で中盤の底へ下がったラモス瑠偉に、韓国がマンマーカーをぶつけてきたことが勝敗を分けたと伝えられた。韓国は自ら中盤のバランスを崩したというものだが、高正云のMF起用を想定していなければ、日本も混乱に陥っていたかもしれない。

 その意味では、山本と西野のスカウティングも勝利の下敷きになったと言えるだろう。最終予選で対戦した5カ国の先発メンバーを、彼らは一人も間違えずにオフトに報告していった。

【次ページ】 「あと5秒だったんだ」とオフト監督は繰り返し呟いた。

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