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GM、そして監督も解任して……。
浦和レッズはいま何をするべきか? 

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木崎伸也

木崎伸也Shinya Kizaki

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photograph byMasahiro Ura

posted2011/10/22 08:02

GM、そして監督も解任して……。浦和レッズはいま何をするべきか?<Number Web> photograph by Masahiro Ura

10月15日にホームで行われた「さいたまダービー」に0-1で敗れた後の公式会見で、今季限りで辞任する意向を明らかにしていた浦和レッズのペトロビッチ監督。今季どころか、それからわずか5日後に解任となってしまった

 残留しようと、降格しようと、これを浦和レッズにとってチャンスにすべきだと思う。「日本企業的クラブ」から、「真のプロクラブ」に生まれ変わるための――。

 10月20日、浦和レッズは降格圏の16位に転落したことを受け、ゼリコ・ペトロビッチ監督を解任した。すでに9月には柱谷幸一GMを解任しており、シーズン中に現場責任者と強化責任者が次々とチームを去るという異常事態に陥った。クラブ強化の継続性がまったくないことを宣言しているようなもので、ヨーロッパの感覚ではありえないことである。リーグ戦では残り5試合を浦和ユース監督の堀孝史氏が率いることになったが、結果がどうなろうと、この危機を利用してフロント側の問題点を明らかにしておくべきだろう。

日本的な企業経営をなぞらえる浦和の問題点とは?

 昨年12月、前任者のフォルカー・フィンケが日本を去る直前、筆者はインタビューをする機会に恵まれた。フィンケは浦和のポテンシャルを高く評価しながらも、はっきりと問題点を指摘した。

「(浦和は)日本的な企業経営を、そのままクラブに当てはめてしまっている」と。

 その代表例が、度重なる人事異動だ。

 2009年1月、フィンケは藤口光紀社長から「クラブを変えてほしい」と熱烈なオファーを受けて浦和の新監督として来日した。だが、その3カ月後に藤口社長は退任。後任には三菱自動車から橋本光夫社長がやって来た。また、GM(=チームダイレクター)職は、2008年12月に信藤健仁氏が就任するも、わずか1年で信藤健仁氏から柱谷氏へ。そしてメディアとの間に入って監督をサポートすべき広報責任者は2度も交代した。

強化部長→総務部長→GM代行という不可解な人事異動。

 だがこれは氷山の一角にすぎない。根深い問題は組織のもっと下の階層にある。

 例えば強化部長のポジション。山道守彦氏は2009年1月まで強化部長を務めていたが、信藤氏のチームダイレクター就任とともに、スカウト出身の宮崎義正氏が強化部長(=チーム業務部長。ここでは「強化部長」で統一する)に昇格。山道氏は総務部長に異動した。

 強化のプロだった人間が、他の専門知識が要求される部署に異動すること自体、ヨーロッパのクラブの常識ではありえないことだ。

 だが、さらに驚くべきことは、今回の柱谷GM解任を受け、その山道氏がGM代行として強化部門に戻って来たことである。

【次ページ】 プロサッカークラブはスペシャリストの集団であるべき。

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