奇跡の大逆転やスーパーショットで日本中を沸かせるも、次第に重圧に呑まれ、迷走していった。
彼女たちはなぜ、世界の壁を打ち崩せなかったのだろうか。
目黒萌絵は、こらえきれないように、声を震わせて泣いた。本橋麻里の目は赤かった。
2月23日、すべての試合は終わった。
こんな結末は、予想していなかった。この日で大会が終わるとも、思いもしなかった。
ずっと信じていた。私たちが日本のカーリングの歴史を変える、と。
それはかなわなかった。
4年前の春。トリノ五輪から帰国し、しばらくの休養のあと、目黒と本橋、寺田桜子の3人は何日も時間をかけて話し合いを続けた。
「このまま、競技を続けるか、続けないか」がテーマだった。
続けるからには、目標は4年後のオリンピックとなる。だが、4年は長い。トリノまで集中して打ち込んできたこと、カーリングをめぐるブームによる疲労もあった。3人それぞれに温度差もあった。だから、簡単に結論は出なかった。
やがて、一つの結論に達する。
「もう一度、頑張ろう」
本橋には、トリノで力を出し切れなかった後悔があった。目黒もまた、自身のパフォーマンスに不満を抱いていた。彼女たちの中の、不完全燃焼だという思いが勝ったのだ。
目標には、メダル獲得を掲げた。
そうでなければ、続ける意味はなかった。
「メダルを狙う」との言葉に表れていた手応えと自信。
その後、寺田は体調不良を理由にチームを離れ、山浦麻葉、石崎琴美、近江谷杏菜とともに、目黒と本橋はバンクーバーを目指してきた。
'06年のトリノ五輪後にスキップの小野寺歩が引退してから、目黒萌絵は4年間にわたって「チーム青森」のスキップの重責を果たしてきたトリノのチームは、何がよくなかったのか。より強くなるにはどうすればよいか。5人は、常に話し合っては目標の確認と意思統一を図った。目黒は、そんなチームの様子に、手ごたえを感じていた。
「このチームは、みんなで作り上げるチームです。言いたいことも言いあえる。だから少しずつ強くなれていると思います」
言葉を裏付けるように、チームが成長していることは、2008年の世界選手権で、表彰台まであと一歩に迫る4位に入るなど、大会での成績にも反映されていった。
いつしか、「日本代表史上最強チーム」と評されるまでになっていた。
「トリノのときのチーム青森とは別のチームです。今度は、メダルを狙っています」
目黒は、しばしばそう口にした。一からチームを作ってきた自負が、そこにはこもっていた。
「国際大会で経験を積んできたので、強豪に対する恐怖心もなくなってきました」
本橋は、開幕を前に自信を表した。
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