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日本人投手を襲うWBC後遺症。
――堀内、槙原が意識した「肩作り」 

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鷲田康

鷲田康Yasushi Washida

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photograph byNaoya Sanuki

posted2009/05/03 06:00

日本人投手を襲うWBC後遺症。――堀内、槙原が意識した「肩作り」<Number Web> photograph by Naoya Sanuki

 「2月と3月、3月と4月では1球の持つ意味が違う」

 前巨人監督の堀内恒夫さんの言葉だ。

「投手にとって試合で投げる1球はキャンプの投げ込みの1球とは違う。しかも勝負のかかった本番の1球は調整で投げるオープン戦の1球とも違う。そうした1球を積み重ねて肩は出来上がっていく。だから2月と3月、3月と4月では1球の重みが全く違うんだ」

 この「肩論」を思い出したのは、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の激闘を終えて、それぞれのチームに戻った投手たちを見たときだった。

 2月のキャンプインで投げ込み、3月のオープン戦で肩を仕上げて本番のシーズンに臨む。投手にとっては、これが長いペナントレースを戦っていく1年の始まりである。

 そういう意味で、3月にいきなり“本気”の戦いをしなければならないWBCは、やはり大きな負担になったのかもしれない。戦いが終わった後には、選手たちには少なからずダメージが残されていた。イチロー(マリナーズ)が胃潰瘍による出血で故障者リスト(DL)入りしたのもそうだが、やはり投手陣にはより大きな傷跡が残っている。

松坂、岩田、岩隈、田中……次々と肩に不安が

 松坂が肩の不調でDL入りしたのは開幕10日も経たない4月15日のことだった。日本球界の選手たちを見回してみても岩田(阪神)は大会中に左肩痛が発覚。優勝の立役者の一人、岩隈(楽天)も肩の不安から100球を投げられない状態が続いている。開幕から4戦連続完投勝利と快進撃を続けた田中(楽天)も、ついに肩の疲労から張りを訴えて登録を抹消された。

 WBCに参加した投手たちは例年にないスケジュールで肩作りを進めてきた。

「いつもの年より1ヶ月早いスケジュール。でも、無理して急作りをしないようにじっくりと仕上げました」

 代表合宿で岩隈はこう話した。ただ、ひとつだけ誤算があるとすれば、肩作りの過程での「1球の違い」をどれだけ意識していたかだった。

「オープン戦で1試合投げていくたびに、肩が締まっていく感じがする。その感覚を繰り返して肩は出来上がるから、オープン戦での登板が少ないままに本番を投げるのはキツいかもしれないね」

 こう危惧していたのは元巨人の槙原寛己さんだった。

この教訓を忘れず4年後のWBCに備えられるか?

 WBC開幕を前に岩隈は、強化試合の2試合に登板したが、例年なら開幕を前に5、6試合に登板しているところだ。松坂も厳しい投球制限の中でたったの3試合で“本番”を迎えた。いわゆる締まっていく感覚がないままに、フルに負担のかかる真剣モードでマウンドに立たなければならなかった。投手たちはWBCの舞台で3月がないままに、4月の1球を投げなければならなかったわけだ。

 3月に開催される限りWBCにはこうしたリスクはある。特に投手陣には、WBCで登板した後遺症が確かに残るだろう。その覚悟は必要かもしれない。ただ「だからWBCは悪だ」ということにはしたくない。要は、その認識の上でどういう調整方法があるか、模索することなのだ。

 調整のための実戦を増やし投手たちの3月を取り戻すこと。それも4年後の代表チームの課題として、球界は記憶にとどめなければならないことになった。

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