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スポーツの国際化と柔道 

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海老沢泰久

海老沢泰久Yasuhisa Ebisawa

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posted2008/02/22 00:00

 北京オリンピックを前にして、2月9日からおこなわれた柔道のフランス国際大会で日本チームが惨敗を喫したというので失望感が広がっている。なにしろ、男女合わせて14階級で金メダル1個しか取れなかったのである。

 なかでも、100キロ超級に出場して準決勝で敗れ、3位決定戦で敗れた井上康生に対する風当たりが強い。2000年のシドニーオリンピックで金メダルを取ったころの内股のさえを知っている者には信じられないような成績だから無理もないが、大会前に女性タレントと結婚したことが禍の元だなどと揶揄する記事まで出る始末だ。

 むろん、これは以前からいわれていることだが、柔道着の袖と襟を取ってしっかりと組み、一本を取ることを目ざす日本柔道と、組まずに双手刈りなどのタックル技でポイントを取る世界柔道とのちがいを挙げて、世界柔道を邪道という意見もある。たしかに、柔道の魅力は一本を取ることで、レスリングではないのだから、タックル技などを見せられても面白くも何ともない。しかし、面白くないからといって、組まず立ち合うことを禁止するわけにもいくまい。現在、タックル技を反則化することは国際柔道連盟で検討されているらしいが、相手有利の組み手に組ませないことも技のひとつだからだ。

 しかし、日本柔道が勝てなくなったことにどんな理由を挙げてみても、ぼくには負け惜しみにしかきこえない。これは皮肉でもなんでもなく、あるスポーツが国際化されるということはこういうふうになることだと思うからである。

 多くの国の多くの人々がそのスポーツをやるようになれば、それぞれの国にすぐれた選手が育って、いかに本家といっても、そのスポーツを生んだ国の選手ばかりが勝ちつづけるわけにはいかない。日本生まれではないが、かつて日本が強くていま勝てなくなった体操やバレーボールについても同じことがいえる。かつて体操やバレーボールのライバルはソ連だけで、ソ連に勝ちさえすれば金メダルが取れたが、いまは世界中のすべての国がライバルになって、どの国の選手も月面宙返りや回転レシーブをあたりまえのようにやるようになったのである。

 あるいは、イギリスのことを考えてみてもよい。世界のメジャースポーツの多くはイギリス人が考え出したものだが、サッカーもラグビーもテニスもゴルフも、もう何10年も最強国はイギリスではない。ウインブルドンで最後に勝ったイギリス人が誰か、はたして世界中で何人が知っているだろう。1960年代までさかのぼってもオーストラリア人のロッド・レーバーやケン・ローズウォールの名前しか出てこない。われわれのように柔道ひとつで勝った負けたと騒いでいたら、イギリス人は頓死してしまうだろう。

 きくところによると、フランスの柔道人口は日本よりずっと多いそうだ。競う人間が増えればそのスポーツのレベルが上がるのはあたりまえのことだ。ドイツやイギリスの柔道の人口も多いときく。柔道はわれわれが考えているよりもはるかに広く国際化したのである。だから負けてもいいとは思わないが、井上康生といえども簡単には勝てなくなったということは心得ておくべきだろう。

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