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新渡戸稲造が訴えた「野球害悪論」。
現代の野球と、敵を欺くプレーの是非。 

text by

小関順二

小関順二Junji Koseki

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photograph byNIKKAN SPORTS

posted2011/07/16 08:00

新渡戸稲造が訴えた「野球害悪論」。現代の野球と、敵を欺くプレーの是非。<Number Web> photograph by NIKKAN SPORTS

パ・リーグで最も盗塁を警戒されている楽天の聖澤諒。バッテリーとの駆け引きも野球の妙味だ

 1911(明治44)年8月29日、東京朝日新聞は「野球とその害毒」という一大キャンペーンを展開した。その幕開けに登場したのが五千円札でもおなじみの教育者、当時一高(東京大学教養学部の前身)の校長だった新渡戸稲造だった。

新渡戸一高校長談
・野球は賤技なり剛勇の気無し
・日本選手は運動の作法に暗し
・本場の米国すでに弊害を嘆ず
・父兄の野球を厭(いと)える実例

巾着切の遊戯
私も日本の野球史以前には自分で球を縫ったり打棒(バット)を作ったりして野球をやったこともあった。野球といふ遊戯は悪くいえば対手を常にペテンに掛けよう、計略に陥れよう、塁(ベース)を盗もうなどと眼を四方八面に配り神経を鋭くしてやる遊びである。ゆえに米人には適するが英人やドイツ人には決して出来ない。(後略)

「野球とその害毒」は一般に「野球害毒論」と呼ばれ、この日より22回にわたって連載される。悪意に満ちたキャンペーンは安部磯雄(早大野球部初代部長)や押川春浪(作家)などの猛反発にあい尻すぼみになるのだが、その詳細についてはここで述べない。

新渡戸稲造の「野球害毒論」に真っ向から反論した押川春浪の言説。

 注目したのは「対手を常にペテンに掛けよう、計略に陥れよう、塁(ベース)を盗もうなどと眼を四方八面に配り」という部分である。新渡戸稲造の言葉に関係なく、野球とはそういうスポーツではないのか。否、野球に限らず、世の中で受け入れられているスポーツで計略に陥れようとしないものなど存在しないと言っていい。

 野球擁護の先頭に立った押川春浪は、『野球と学生』(安部磯雄と共著)の中でこんなことを書いている。

「もし、敵の虚を窺い、隙に乗ずるを以て巾着切的遊技と言うがごとき、博士の論法を用いんには、撃剣、柔術、庭球、蹴球、競走等いずれか巾着切的遊技にあらざる。博士の言うがごとくんば、自ずから競技という文字は絶対に破壊せらるべし」

 ソフトに翻訳すれば、どんな競技でも相手のスキを突いて優位に立つ、そういう要素は少なからずあるのだ、と言っている。

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