浅田真央はプログラムが始まってから、会場となったパシフィック・コロシアムを「制圧」していた。
シーズンが始まった当初、フリープログラムで流れた『鐘』は重く、苦しかった。
しかしオリンピックで浅田の演技とともに聴いた『鐘』は、重厚で深淵、まさに魂を揺さぶられる体験となった。もちろん、浅田の演技が素晴らしかったからだ。
ミスのことは、言うまい。言っても詮無いことだ。
ただ残念なのは、完璧な『鐘』の演技を見られなかったことだ。
きっと、伝説になっただろうに。本当に曲を支配するような、一世一代の演技になっていたに違いないから。
この半年足らずの間、ここまでのプログラムに仕上げた浅田陣営には拍手を送りたい。
キム・ヨナと浅田真央、ふたりの“完璧”を比べたかった。
それにしても、キム・ヨナのフリーの演技が終わり、場内のモニターに「150.06」が表示された時は、本当にぶったまげた。
演技の中身には、「傷」は見当たらなかった。完璧な美術品を見ているような趣さえあった。
その意味でも、浅田真央の完璧な『鐘』を見て、比較したかったという気持ちが残る。もしも、『鐘』がパーフェクトだったら、ジャッジたちはいったい、何点をつけただろうか?
それは150点を上回る可能性はあったのだろうか?
これはもはや仮定の質問にしかすぎない。しかし今後のフィギュア界の方向性のためにも、それが知りたかった。
男子ではライサチェク、女子ではキム・ヨナが金メダルを獲得したことで、難しいジャンプには挑戦せず、完璧なプログラムを遂行した選手が勝利に近いことがこれでハッキリした。
しかしフィギュアスケートはジャンプの進化の歴史でもある。
それを見逃してはならないだろう。
“男子フィギュアの王様”プルシェンコ、吠える。
私がバンクーバーに到着した時点では、カナダの新聞は、4回転を成功させながらも銀メダルに終わったプルシェンコが、
「このままではフィギュアの未来はない」
と、現状の採点システムに批判を強めていることが大きく取り上げられていた。
彼は形の上ではシステムを批判してはいたが、4回転に挑戦しないライサチェクのことを遠回しに批判しているのは間違いなかった。
しかし、現状のフィギュアの採点システムそのものは、ベストではないがベターではあると思う。
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筆者プロフィール
生島淳
1967年気仙沼生まれ。早大卒。NBAやMLBなど海外ものから、国内のラグビー、駅伝、野球など、全ジャンルでスポーツを追うジャーナリスト。小林信彦とD・ハルバースタムを愛する米国大統領マニアにして、カーリングが趣味(最近は歌舞伎に夢中)。
著書に『慶応ラグビー「百年の歓喜」』(文藝春秋)、『大国アメリカはスポーツで動く』(新潮社)、『監督と大学駅伝』(日刊スポーツ出版社)など。『BSベストスポーツ』(NHK・BS1毎週日曜21:10~)、『生島淳のアクティブスタイル』(TBSラジオ毎週日曜正午~)にも出演中。































