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【特別連載 山崎浩子のアテネ日記 第3回】
男子体操・団体~0.1点をめぐる攻防
 

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山崎浩子

山崎浩子Hiroko Yamasaki

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photograph byHiroko Yamasaki

posted2004/08/18 12:49

【特別連載 山崎浩子のアテネ日記 第3回】男子体操・団体~0.1点をめぐる攻防<Number Web> photograph by Hiroko Yamasaki

 これほど見応えのある試合がかつてあっただろうか。男子体操の団体決勝は、これからずっと語り継がれるであろうほどの名勝負となった。

 決勝ではメンバー最大6人のうち、各種目3人ずつが出場し、そのすべての得点が加算されるシステム。誰一人としてミスができないという、まさにプレッシャーとの闘いの中に、各国の出場選手全員が身を置いていた。

 予選を1位で通過した日本はゆかからのスタート。そう得意ではない種目だけに、1種目目は7位という位置にいた。が、「失敗が出ても我慢比べだと思ってがんばろう、と試合前からみんなで話していた」(冨田洋之)というように、日本は落ち着いていた。種目が進むにつれて着実に順位を上げていき、5種目目が終わった時点では2位。それも1位のルーマニアから3位のアメリカまでの点差が0.125で、本当の闘いはここからだった。

 6種目目の鉄棒種目に入るまでのわずかな時間に、加納実監督は「安全な10点満点の構成で行け」と森泉貴博コーチに指示を出した。鉄棒の最後の演技者である冨田は、鉄棒の演技構成に10点の価値を持っている。しかしその構成ではミスを犯すリスクが大きいため、予選の時とは違う構成で、しかもミスの出にくい構成に変えることにしたのである。

 そして最終種目の鉄棒。先に登場したのはここまで1位のルーマニアであるが、プレッシャーに負けたのか、落下や旋回でのミスが出て、金メダルが遠のいていった。次のアメリカは日本と同じく安全策を取った。0.1のミスも許されないため、それは至極当然のことだった。しかしアメリカは安全に行き過ぎた。価値点を下げ過ぎたために、着地を決めても得点が伸びない。

 最後は日本。まずは米田功が正確な演技を見せる。あと2人。2人が普通に演技してくれれば金メダルは日本のものである。だがこの状況で普通に演技することほど難しいものはない。ほんの少しのズレが生じれば、ルーマニアのように落下して、一瞬にして金メダルが手からすり抜けていく。アメリカもルーマニアも観客も、全員が固唾を飲んで日本の演技を見つめていた。

 二番手の鹿島丈博がコバチを決めた直後、森泉コーチは冨田に耳打ちした。「9.9の価値点で行こう」。もう十点の価値点は必要ない。少しでも安全に行こうという作戦である。それでも安全策に走りすぎると、演技に大きさが出ず、アメリカの二の舞になるやもしれない。0.1の攻防は、一歩間違えれば地の底に沈むことになる。

 最終演技者の冨田は「自分の演技をすること」だけを考えていた。得点差がどうあれ、自分が練習してきたことを信じるだけ。他との争いではなく、自分の演技に集中するだけ。

 冨田の演技は、「この人にはプレッシャーがないのだろうか」と思うぐらいのダイナミックなものだった。最後の着地がピタリと決まったとき、敵国アメリカの応援団がスタンディングオーべーションで日本を賞賛した。誰もが認めた強さだった。

 28年ぶりの金メダル獲得。歴史に残る名勝負の陰にあったのは、わずか0.1をめぐる闘いであった。

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