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テベス獲得が再認識させた、ウェスト・ハムの存在意義 

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山中忍

山中忍Shinobu Yamanaka

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posted2006/11/20 00:00

テベス獲得が再認識させた、ウェスト・ハムの存在意義<Number Web> photograph by AFLO

 “THE ACADEMY OF FOOTBALL”− ウェスト・ハムのホームスタジアム、アップトン・パークのピッチサイドに刻まれている言葉だ。1966年のW杯イングランド大会で、優勝カップを手にしたボビー・ムーア、ジェフ・ハースト、マーティン・ピーターズの3名しかり、現役組のリオ・ファーディナンド、フランク・ランパード、ジョー・コールの3名しかりと、ウェスト・ハムは数多くのイングランド代表選手を輩出してきた。プレミアシップ復帰1年目ながら9位につけ、FAカップで決勝進出も果たした昨シーズンのチームも、ユース出身のアントン・ファーディナンド(リオ・ファーディナンドの実弟)などのイギリス人若手が中心となっていた。

 しかし、夏の移籍市場最終日に当たる8月31日、「サッカー界のアカデミー」を自負するこのクラブは異例の行動に出た。地元の選手を育てることにかけては、国内随一の実績と手腕を持っているにもかかわらず、カルロス・テベスとハビエル・マスケラーノという、22歳のアルゼンチン代表コンビを獲得したのである。

 ファンがクラブの決断を歓迎したことは言うまでもない。年配ファンの中には、'78年にトッテナムが獲得した、オジー・アルディレスとリッキー・ビジャのアルゼンチン人コンビの活躍を思い浮かべた者も少なくなかった。

 ところが実際には、ウェスト・ハムの前途に大きな希望をもたらすはずだった二人の移籍は、むしろクラブの将来に警笛を鳴らす要因になった。78年にトッテナムが獲得を決意した背景と、今回ウェスト・ハムが決断を下した背景には、決定的な違いがあったからである。

 オジー・アルディレスとリッキー・ビジャの加入は、当時トッテナムを率いていた監督自らが獲得に動いた正真正銘の補強だった。これに対してテベスとマスケラーノの移籍は、ビジネス絡みで突如ウェスト・ハムに話しが持ち込まれたという側面の方が強い。

 テベスとマスケラーノの移籍を仲介したのは、イラン生まれの企業家、キア・ジョーラビシャンである。彼の狙いは、これをきっかけにウェスト・ハムというクラブ自体を手中に収めることにあるといわれている。更に述べれば、ジョーラビシャンは、ホームスタジアムのアップトン・パークを売却して、2012年のロンドン五輪開催後にオリンピック・スタジアムを手に入れることを目指しているともされている。

 だがジョーラビシャンの目論見はすぐに破綻する。当初、オリンピック・スタジアムの買収話はとんとん拍子で進むものと見られていたが、200億円を上回る要求金額と50億円近いクラブの負債を前にして、ジョーラビシャンを支える投資家集団は尻込みしてしまった。それどころかウェスト・ハムの周辺では、スベン・ゴラン・エリクソンの監督就任説や、ジョーラビシャンとボリス・ベレゾフスキー(英国に亡命中のロシア人富豪)との関係を詮索する噂が独り歩きし、クラブそのものが完全に混乱に陥ってしまった。

 混沌としているのはピッチ上も同様だった。移籍直後から起用されたテベスは得点をあげられず、中盤のマスケラーノにも存在感がない。10月頭のレディング戦に敗れた直後、監督のパーデューが「元からいる選手には、昇格を成し遂げたのは自分だという自信を持てと言ってあるのだが……」と漏らしていたように、チーム全体の士気が低下していることは明白だった。さらに10月24日のリーグカップ戦では、チェスターフィールド(3部)に敗れて74年ぶりの8連敗を記録。パーデューの監督の座は風前の灯となった。

 しかし、窮地に立たされたことで指揮官の迷いが吹っ切れることになったのだから、運命とは不思議なものだ。パーデューは、自身の首をかけた翌週のブラックバーン戦に、アルゼンチン人2名を外した布陣で臨み(テベスは故障)、2−1で勝利を手にした。ウェスト・ハムの2得点は、スタメンから遠ざかっていた40歳のベテランFW、テディ・シェリンガムと、マスケラーノとポジションが重なるヘイデン・マリンズがもたらしたものである。試合後、「この調子なら3年間の契約延長もあり得る」と冗談交じりに語ったシェリンガムは、続くアーセナル戦でも活躍。決勝ゴールにも絡み、チームは好調だった昨シーズンを髣髴とさせるプレーを披露した

 チームに勢いが戻りつつあると確信したパーデューは、「(買収問題の)一刻も早い解決を」と、改めて経営陣に訴えた。これを受けてテリー・ブラウン会長も、ジョーラビシャンではなく、彼に続いて名乗りを上げたアイスランド人の富豪、エゲルト・マグナソンに経営梃入れの相談を始めている

 マグナソンから監督続投を示唆されたパーデュー監督とは対照的に、テベスとマスケラーノの立場は微妙だ。このままの状態が続けば、早々に他のクラブに転売される可能性も高い。だがそれによってクラブの伝統がビジネスの犠牲になることを回避できるのであれば、生粋のウェストハム・ファンは本望だろう。

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