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オールドファームでの「存在証明」 

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鈴木直文

鈴木直文Naofumi Suzuki

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posted2005/11/22 00:00

オールドファームでの「存在証明」<Number Web> photograph by Naofumi Suzuki

 オールドファーム・ダービー2連戦である。11月9日にリーグカップ準々決勝、代表戦を挟み19日にリーグ戦、共にセルティックのホームゲームである。オールドファーム・デビューとなった前回対戦での中村を評して、“it

passed him

by”、つまり「試合が彼の側を通り過ぎて行った」と言われていた。上手い表現である。スタジアムに渦巻く異常な熱気に、飲まれてしまった、というよりも、乗り遅れてしまって実力を出し切れなかった、といったニュアンスだろう。今回のダブル・ヘッダーで存在感を発揮できなければ「オールドファームのプレッシャーに勝てない選手」というレッテルが定着してしまいかねないという意味で、この11日間は重要だった。

 このカードにおけるピッチ内外の尋常ならざる過熱ぶりを、民族と宗教を持ち出して分かった振りをするのは簡単だ。アイリッシュ=カトリックのセルティックvs.スコティッシュ=プロテスタントのレンジャース。120年近くに渡る歴史を持つあまりにもよく知られた対立図式だが、現在のライバル関係を民族・宗教間の代理戦争として理解するのは短絡的過ぎる。宗教も民族も、現代のスコットランド社会では、大した意味を持たないからだ。毎週教会に通うような人は圧倒的に少数派だし、多くのファンにとってはサッカーの方がずっと大事なのだ。もちろん、ハードコアを自認するセルティック・サポーターともなれば、マシンガンを構える振りをしながら「俺はIRA(北アイルランドのカトリック系武装テロ組織。最近歴史的な武装解除をした)をサポートしているぜ」なんて言ってみたりするが、そんなのポーズに過ぎない(と思う……)。レンジャースのサポーター達は、いくら法律で禁止されようとも、アンチ・カトリックの歌を歌わずには試合を観られない(阪神ファンに六甲おろしを歌うなというようなものだ)が、彼らの奥さんはカトリックだったりすることも少なくない。そんなわけで、宗教や民族を持ち出したところで、何故サッカーでそんなに熱くなるのか、という問いに対する答えは一向に見えてこないわけだが、兎にも角にも熱いものは熱い。筆者が「隠れ」セルティック・ファンなのは、生粋のファンのように自然と燃え上がるような感情がどうしても欠けてしまうからである(万が一危ない目に合っても嫌な小心者だというのもあるけれど)。

 前置きが長くなったが、汚名返上を賭けたこの2連戦の中村は、及第点以上の活躍だったと言っていい。第1戦は、レンジャースに退場者が出た後の終盤になって多くの見せ場をつくった。駄目押しの2点目は、彼のクロスボールに誘発されたオウンゴールだった。テレビのコメンテーターは「やはり彼にスペースを与えると危険だ」と評価したけれど、翌朝の各紙の採点は、可もなく不可もなく、といったところ。活躍したのは終盤だけで、前半は見るべきところなし、というのが大方の見方だった。それでもThe

Heraldのサッカー担当チーフ・コラムニストは、「ゆっくりだが確実にスコティッシュ・フットボールのフィジカルなスタイルに適応し始めているのは好材料」と好意的だった。

 翻って第2戦。水曜日に日本でアンゴラ戦を戦って前日に合流したばかりにもかかわらず、試合を決定づける活躍をしてみせた。まず前半12分に先制点を演出。ペナルティエリア手前でこぼれ球を拾うと中央へ向かってドリブル、ディフェンダー3人の注意を引きつけて右サイドのショーン・マローニーへスルーパス。折り返しをジョン・ハートソンが押し込んだ。後半11分には2点目をアシスト。CK後に右サイドでボールを持つと、左足のクロスと見せかけて縦に切れ込み、再び右足から左足に持ち換えてピンポイントのクロスをボボ・バルデの頭に合わせた。本人曰く、疲労を考慮してボールの無いところで動くよりもボールを持った時に集中することを心掛けたのだという。色濃い疲労にストラカン監督は後半早々に交代を検討したというが、アシスト後も素晴らしい動きを何度か披露し、結局後半30分過ぎまでプレーした。交代直前にはラフなタックルで珍しく警告も受けた。

 それにしても、両チームの状況にこれだけ格差がある中でのオールドファーム・マッチというのも珍しい。レンジャースがいいところを見せたのは、2試合目の序盤ぐらいのもので、後はセルティックが悠々と試合を支配してしまった。そもそもこの2試合の最大の焦点は、レンジャースのアレックス・マクリーシュ監督の進退問題だった。最近12試合でわずか2勝しかできないというのは、常勝を義務付けられたレンジャースにあるまじき事態で、在任4年で7つの国内タイトルという実績が無ければとっくにクビになっているところだ。12月初旬まで猶予期間を与えられてはいるが、最大のライバルに2試合続けて完敗したことで立場は一層苦しくなった。後任はリヨンを強豪に仕立て上げた"第二のモウリーニョ"ことポール・ル・グエンか、モナコをCL決勝に導いたディディエ・デシャンか、はたまたハーツを辞めたばかりのジョージ・バーリーか、と喧しく憶測が飛び交っている。(ついでに言えば、バーリーの辞任に端を発したハーツのお家騒動が、今後のタイトルレースにどんな影響を及ぼすかも要注目だ。)

 試合後のプレスルームでもマクリーシュの去就が最大の関心事のようだったが、中村について意見が聞きたくて、スコットランド・サッカーのご意見番、アーチー・マクファーソンに思い切って声をかけてみた。「今日の彼はすごく良かったよ。試合を決めたのは彼だ。なぜなら、1-0の状況で仮にレンジャースが得点すれば試合はどうなるか分からなかったから、2点目がすごく重要だったんだよ。彼がいつも本能的に繰り出すタッチはラブリーだが、あれは実は大した意味が無いことが多いんだな。しかし、今日のようにディフェンダーを右往左往させてゴールをクリエイトすることができれば、それはもちろん大きな意味があるさ」。中村はオールドファームの舞台で自身の価値を証明できたと思いますか、と問うと、アーチーは筆者の肩を軽く叩きながら微笑んだ。「最後にイエローカードを貰ったろ?あれが何よりの証明さ。」

 対レンジャース3戦目にして示した十分な存在感。淡々と自らのスタイルを貫く中村俊輔が、脈々と続くオールドファームの物語にしっかりとその足跡を刻み始めた。

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