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ブラックバーンの新監督が達成した
「歴史的偉業」。 

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山中忍

山中忍Shinobu Yamanaka

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posted2008/08/06 00:00

ブラックバーンの新監督が達成した「歴史的偉業」。<Number Web> photograph by AFLO

 今夏の移籍市場も残すところあと1ヶ月弱。思いのほか大物の出入りが少なかったイングランドで、国内メディアが「歴史的な人事」とこぞって報じたのが、ポール・インスのブラックバーン監督就任だった。

 昨シーズンまでMKドンズ(現3部)を率いていたインスが、プレミアシップの中堅クラブと契約を交わしたのは6月22日。たしかに話題性では、その10日ほど前に発表されたチェルシーの新監督(ルイス・フェリペ・スコラーリ)には及ぶべくもない。また、現役時代にマンチェスター・ユナイテッドやインテル(イタリア)の中盤で活躍した人物が、監督としてプレミアシップに挑戦するというシナリオも、特にめずらしくはないだろう。

 ならば、なぜインスの監督就任が「歴史的人事」なのか。それはイングランドサッカー界のトップリーグにおける、史上初の国産黒人監督の誕生を意味するからだ。

 イングランドでは、今でこそ黒人スター選手の存在が当たり前になったが、20年ほど前までは人種差別意識が根強くはびこっていた。かつてイングランド代表やリバプールでブラジル人顔負けのドリブル突破を披露したジョン・バーンズが、ピッチに投げ込まれたバナナの皮を蹴り出す瞬間を捉えた写真は有名だ。ひどい場合には、黒人選手が自軍のサポーターから罵声を浴びるケースさえあった。有色系の人物がチームの指揮を執るなど言語道断だったことは、推して知るべしである。

 事実、インス以前にイングランドのトップリーグで監督を務めた非白人(有色人種)は、ルート・フリット(チェルシー/ニューカッスル)とジャン・ティガナ(フルハム)の2人しかいない。現時点でも、国内プロリーグに所属する全92クラブのうち、ブラックバーン以外で黒人監督を起用しているクラブは、2年前にインスの後任にキース・アレキサンダーを指名したマクルズフィールド(4部)のみという状態だ。このような状況の中、プレミアシップでトップ6定着を狙うクラブの監督を母国出身の黒人が務めるとなれば、そのインパクトたるや、アメリカのバラック・オバマ上院議員(次期大統領候補の呼び声高いアフリカ系アメリカ人)に匹敵するといっても過言ではない。

 ちなみにインスは、指導者への転身を志した時から「後続の黒人選手に道を切り拓きたい」と意識していたという。監督としての第1歩をマクルズフィールドで踏み出したのも、「急がば回れ」と、まずは下部で実力を蓄えるためだった。プロの底辺で「辛抱強さの必要性を学んだ」というインスは、弱小チームのマクルズフィールドを建て直してセミプロリーグ転落を回避すると、続く昨シーズンにはMKドンズに移籍してリーグ優勝を達成。ついに今回、ブラックバーンの監督職を自力で引き寄せることとなった。

 奇しくもブラックバーンで前任の監督を務めていたのは、マンチェスター・ユナイテッド時代にチームメイトだった名ストライカー、マーク・ヒューズである。小所帯のブラックバーンを3年連続でトップ10入りさせたヒューズの後継者になるというのは、インスにとって必ずしも居心地の良いものではないはずだ。だがインスは、「(ヒューズとの比較は)気にもならなければ心配もしていない」とマスコミの雑音を一蹴。ヒューズがマンチェスター・シティに去ったのに伴い、ベテラン守護神のブラッド・フリーデルと右サイドの主役だったデイビッド・ベントリーもアストンビラとトットナムに移籍したが、ゴールにはイングランド代表のポール・ロビンソン、ウィングにはチリ代表MFのカルロス・ビジャヌエバを即座に獲得するなど、しっかり手も打っている。

 インスとブラックバーンとの契約期間は3年。この次にインスが身の振り方を思案するのは、古巣のユナイテッドが新監督を探している頃になるだろうか。今年で67歳のアレックス・ファーガソン監督は、70歳前の勇退を仄めかしている。過去2年間で4部からプレミアシップへとステップアップを遂げたように、インスがブラックバーンでも結果を残せば、ヒューズと並ぶファーガソンの後継者候補と目されるようにならないとも限らない。

 インスは15年前にも、イングランド代表キャプテンを任された初の黒人選手として歴史に名を刻んだ人物である。大袈裟な物言いになるが、同じ「人種的マイノリティー」に属する人間として、筆者もインスの新しい挑戦には素直に声援を送りたいと思う。

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