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バルダーノにレアル・マドリーは
似合わない。 

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木村浩嗣

木村浩嗣Hirotsugu Kimura

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posted2004/02/19 00:00

バルダーノにレアル・マドリーは似合わない。<Number Web> photograph by AFLO

 レアル・マドリーのスポーツディレクター、ホルへ・バルダーノに解任の噂がある。

 いい話だ。早く出て行ってほしい。バルダーノには嘘が似合わないのだ。

 スポーツディレクターの仕事には、真実を隠すことも含まれている。

 交渉や人事を有利に運ぶために、マスコミだけでなく、監督や選手にも本音を明かさない。こんなことはビジネスの世界では当たり前に行われていることだ。

「公式声明どおり。ベッカムを獲るつもりはない」(2003年4月30日)、「デル・ボスケは理想的な監督だ。イエロは長くレアル・マドリーに留まるだろう」(同年5月15日)、「金のために中国へ行くのではない」(同年7月24日)……等の発言は、そうした職務の必要性から出てきた。むろん、バルダーノはそれらが建前であり、必ずしも事実でなかったことを承知していたに違いない。

 解任の理由は、ラウールを始めとする選手たちとの不仲、とされているが、それも無理はない。「契約更新する」と言い続けた挙句、デル・ボスケとイエロを解任したのでは、選手たちの不信感が募って当たり前。選手とフロントの板ばさみは、スポーツディレクターの宿命ともいえる。1994年10月28 日、17歳のラウールをデビューさせたのは当時監督だったバルダーノだったが、恩人と弟子の関係も10年を経て綻んできたのかもしれない。

 私はホルへ・バルダーノを愛している。「今週のベッカム」ならぬ「今週のバルダーノ」を連載したいくらいだ。

 そもそもベッカムとバルダーノにはいくつかの共通点がある。

 まず、2人ともハンサムでエレガントで、ゲイの噂を立てられたこと。

 ベッカムがゲイ雑誌の表紙を飾ったり、マニキュアやピアスによってゲイと呼ばれたのに対し、バルダーノはインテリジェンス溢れる物腰でゲイと呼ばれた。特に、談話でのボキャブラリーの豊かさ、表現の繊細さには定評があり、「詩人」、「哲学者」と異名をとるほど。声も伸びやかで抑揚があり、耳ざわりが素晴らしい。インタビューと言えば、何とかの一つ覚えで「頑張ります!」が連発されるサッカー界で、偏見の目で見られるのは当然といえば当然だ。

 もう1つの共通点は、2人とも“政治的”であることだ。

 ベッカムがゲイや女性への社会的偏見を崩すオピニオンリーダであることは指摘したが(『慈善活動と、“同性愛者のアイドル”の関係』)、バルダーノの場合はもっと過激だ。ベッカムの武器は容姿やライフスタイルだが、バルダーノの武器はダイレクトで歯切れのいい言論だ。

 たとえば昨年の夏にこんなことを言っている。商業主義にまみれたアジアツアーの直後だっただけに、私には非常に新鮮だった。

「政治が恥知らずなほどサッカーを利用する。たとえば、1978年のアルゼンチン軍事政権下のワールドカップ。いくつかのスタジアムから500メートルと離れていないところに拷問場があった。そこで囚人たちは、洗脳された観衆のゴールの歓声を聞いていたのだ。あの大会をボイコットしていれば、政治の状況を変えることができたかもしれない」(2003年8月17日)。

 レアル・マドリーの役職の座を離れた、パーソナルな面ではバルダーノは、「社会主義者、反軍事政権」、「左翼」であることを隠さない。“赤”と軽蔑的に呼ばれることもあるが、「そう呼ばれて当然」と受け流す余裕もある。

 もちろん、右であれ左であれ政治的な発言をするサッカー人は、バルダーノだけではない。異色なのは、左翼であり社会主義者を自認する彼が、歴史的にフランコ独裁政権と関係があり、現在ではサッカークラブを超えた巨大ビジネスに成長した、レアル・マドリーのフロントにいることだ。

 世界有数のビッグクラブでマネージメントに腕を振るうのは、魅力的だろう。が、その役職にいる限り、バルダーノの本音を聞くことができない。サッカー界屈指の論客が、レアル・マドリーという組織の代弁者になってしまっている現状は、実に惜しい。コメンテーターとして試合とプレーを分析するだけでなく、政治や社会、文化とサッカーの関わりを語れる数少ない才能なのだ。

 後任にも心配はいらない。80年代の名選手で、ラウールとも仲良しのエミリオ・ブトラゲーニョがいるからだ。新米のブトラゲーニョでも、フィーゴ、ジダン、ロナウド、ベッカムと来て、次はトッティ(?)あるいはオーウェン(?)と続く補強策なら、悪影響は出ないだろう。ダイヤモンドの原石を発掘するのではなく、すでに一級品の評価がある宝石を買って来ればいいだけなんだから。逆にいえば、17歳のラウールを大抜擢した、名伯楽バルダーノの才能は、レアル・マドリーでは宝の持ち腐れということだ。

 ベッカムには、マンチェスター・ユナイテッドのユニフォームも、レアル・マドリーのそれもよく似合っている。が、バルダーノには断然「白」よりも「赤」が似合う――私はそう思う。

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