オリンピックへの道BACK NUMBER
ラバー系水着に揺れた世界水泳で、
日本代表がみせた底力。
text by
松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph byHiroyuki Nakamura/PHOTO KISHIMOTO
posted2009/08/12 11:30
男子100m背泳ぎ表彰式で金メダルをかじる古賀淳也。2位はヘルゲ・ミーウ(ドイツ)、3位はアシュウィン・ウィルデブール(スペイン)で、入江陵介は4位だった
帰国したさる関係者から、こんな言葉を聞いた。
「なかったことにしたほうがいいんじゃないですか」
7月17日から8月2日までローマで行なわれた水泳世界選手権の競泳をさして、彼はつぶやいた。「なかったことにしたほうが」とはあまりな言葉だが、どこか分からないでもなかった。
北京五輪18位の選手が世界新記録樹立のむなしさ。
今回は、異例ともいえる記録ラッシュに明け暮れた大会となった。
世界新記録は計43。更新されなかったのは、わずか9種目にすぎない。その数がいかにすごいかは、最近の大きな国際大会の新記録数と比べれば分かる。
2004年のアテネ五輪が6、2005年のモントリオール世界選手権が9、2007年のメルボルン世界選手権は14。スピード社製の「レーザーレーサー」が猛威をふるった昨シーズンの北京五輪でも25である。
これだけ記録更新が相次いだ最大の理由は、今シーズン、なにかと話題を集めてきた水着にほかならない。とくに欧州製のラバー系水着の効果は絶大で、事前の予想を超えるタイムを次々に生み出すことになった。北島康介の平泳ぎ100、200mの世界記録も更新されたし、偉大なスイマーたちの名前は世界記録の欄から次々と消えていった。
むろん、記録はいつか破られるものだ。だが、本当に選手の実力であったかと言えば、歯切れが悪くならざるを得ないのが今大会である。象徴的だったレースを一つあげるとすれば、男子400m自由形だ。北京五輪で18位だった選手が、あのイアン・ソープの世界記録を塗り替えて金メダルを獲得したのである。
来年からは、国際水泳連盟が大会期間中に発表した新規定が適用されるため、ラバー系の水着は使用できなくなる。そのため、「今大会の記録の多くは、半永久的に破られないのでは」という声もあがる。実力で出したとはストレートに認めにくい記録が延々と残されていく……冒頭のつぶやきは、そんなやりきれない思いから発せられたのかもしれない。
日本製水着で挑んだ日本代表はまずまずの成果。
こうした背景のもと、競泳日本代表はどう戦ったか。獲得したメダルは金1、銀2、銅1の4個。前回のメルボルンのメダル7個(金1、銀2、銅4)からは下回ったが、日本新記録は前回の10から22と倍増している。
たいがいの選手は、威力を発揮した欧州製ではなく、国内の水着での出場であったことを考えても、一定の成果を残して終えることができたと言えるのではないか。
個々の選手を見ていくと、水着問題で常に注目を浴び続けた入江陵介は、狙っていた背泳ぎ200mの世界記録での優勝こそならなかったものの、銀メダルを獲得。北京五輪5位の雪辱を果たし、力を着実につけていることを証明してみせた。
北京五輪バタフライ200mで銅メダルを獲得した松田丈志は、「(フェルプスに)勝ちに行きました」と、積極的な泳ぎを見せた。結果は北京と同じ銅メダルだったが、内容の濃いレースをしたといえる。