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<村上春樹ランを語る ライナーノーツ> 「限りなく蛇足に近いインタビュー後記」 

text by

柳橋閑

柳橋閑Kan Yanagibashi

PROFILE

photograph byNanae Suzuki

posted2011/05/31 06:00

Numberのランニング特集第2弾、Number Do「100人が語るRUN!」特集
では、フルマラソン完走30回以上を数える村上春樹さんへのロング
インタビュー「僕は走り続けてきた、ばかみたいに延々と」を掲載しました。
Number Webでは、雑誌で紹介しきれなかったエピソードや取材時の模様を
「インタビュー後記」として特別公開。「村上春樹のランを読む」ための
ブックガイドも収録しました。

村上春樹さんへのQ&A 「そうだ、ランナー村上さんに聞いてみよう」
あわせてお楽しみください。

 2011年2月9日水曜日。穏やかに晴れた冬の日の午後、東京の駒場東大前にある瀟洒なハウススタジオで村上春樹さんへのインタビューは行なわれた。

 インタビュー開始の1時間前、今回の企画の責任者、Number編集部の涌井くんがタクシーで村上春樹さんを事務所へ迎えに行く。緊張のせいか、もともと強ばっている顔がさらに強ばっている。大丈夫だろうか?

 写真家の近藤篤さんと僕らスタッフはスタジオで準備をしながら待つことになった。近藤篤さんは大の村上春樹ファンである。撮影のセッティングをテキパキと行ないながらも、やはりどこかソワソワしていて、いつもの調子とは違う感じだ。僕は僕で録音機材を何度もチェックし、読者のみなさんから寄せてもらった質問シートをチェックしながら、やはり気もそぞろで、意味もなくフロアを歩き回る。

 春樹さんはそうしょっちゅうインタビューに応じてくれる作家ではない。というより、ごくまれにしかインタビューのチャンスはない。「この貴重な機会をできる限り有効に生かさなければ!」と考えると、どうしても緊張感が高まってくる。スタッフ全員が同じ気持ち、同じプレッシャーを抱えていたと思う。

「初めてお会いする春樹さんは……まさに村上春樹みたいだった」

 僕が春樹さんとお会いするのは6年ぶりのことだ。『東京するめクラブ 地球のはぐれ方』のトークイベントにお邪魔して以来になる。仕事をするとなると、じつに10年ぶり。シドニーオリンピックの観戦記『シドニー!』の取材以来となる。

 当時、僕はまだフリーランスになる前で、Numberの編集部員だった。シドニーからトライアスロンが正式種目になることもあり、トライアスロンに取り組み始めていた春樹さんから、現地で観戦取材をしたいという話が編集部に届いたのである。そこで、スポーツ取材の現場案内役として編集者をひとり付けることになり、たまたま編集長の近くにいた僕が呼ばれた。

「村上春樹さんとシドニーに行ってみるか?」

 幸運な偶然だった。でも、人生の進み行きを決める重要な局面というのは、えてしてこうした何気ない日常のひとこまの中に埋没しているものだ。そして、僕たちは後から偶然の必然性に気づく。

 オリンピック開催のちょうど1年前の蒸し暑い夏の日、僕は編集長と連れだって春樹さんの事務所へ打ち合わせに出かけた。もちろん緊張していた。十代の頃から熱心に読み続けてきた作家であり、文学観だけでなく、生活信条や音楽の趣味に至るまで幅広い影響を受けてきた、いわば文学的アイドルである。直にお会いするとなれば緊張せざるをえない。

 初めてお会いする春樹さんは、Tシャツにランニングパンツ姿で、ジャズレコードを聴いていて、まさに村上春樹みたいだった。本人なんだから当たり前なのだが、そう感じたことを覚えている。

<次ページへ続く>

【次ページ】 現役のランナー、トライアスリートらしい“臨場感”。

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