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<現地徹底取材> キム・ヨナはどうやって誕生したのか。 

text by

吉崎エイジーニョ

吉崎エイジーニョ“Eijinho”Yoshizaki

PROFILE

photograph byKeijiro Kai

posted2010/02/12 10:30

 フィギュア不毛の地と呼ばれる韓国。そんな場所から突如現われた、銀盤の女王。なぜ彼女はこれほど強くなれたのか。その秘密を探るため、故郷を訪れコーチたちに話を聞いた。

 かねがね、キム・ヨナの存在を不思議に感じていた。なぜ、韓国の土壌から2009年の世界選手権を制し、バンクーバー五輪の金メダル争いで本命視されるような突出した存在が生まれたのだろうか、と。

 バンクーバー五輪の韓国女子フィギュア代表の枠は2つだ。もうひとつの枠を確保したクァク・ミンジョンの目標は、初日のショートプログラムで足切りを食らわず、2日目のフリー演技の舞台に立つことだという。ヨナと自国の2番手の代表選手には圧倒的な実力差がある。振り返ってみても、韓国女子フィギュアの選手の名はヨナ以外思い浮かばない。

 だからこそ、ヨナについて勝手な想像をめぐらせてしまう。

 例えば、裕福な家庭に生まれた子だろうとか。韓国では'88年のソウル五輪を契機とした経済成長の後、子どもにコストのかかる習い事をさせる家庭が増えた。現にヨーロッパの音楽大学では韓国人留学生が数でも実力でも日本人留学生を圧倒しているのだという。

 あるいは、「壮絶な叩き上げ」パターンも想像できる。ヨナの母はかなりのステージママだということは、日本にいても情報がそれなりに伝わってくる。さらにヨナの生まれ故郷であり、17歳まで生活拠点にしてきた地名が「軍浦」という聞きなれないものであると知ったとき、かなりの田舎町を想像した。ここから、とんでもない苦労や貧しさを経て這い上がってきた存在だと。これは勝手に浅田真央の対立軸としてのイメージが膨らんだゆえの想像なのかもしれない。

 バンクーバー五輪を20日後に控えた1月末、韓国にキム・ヨナの源流を訪ねた。

夏のリンクで見出されたキム・ヨナという天才少女。

写真

ヨナの才能を見出し、選手にスカウトしたリュ・ジョンヒョンコーチ

 コーチのリュ・ジョンヒョンは、初めてヨナを目にした日のことを忘れない。現在はソウルの西はずれにある泰陵のスケート場でコーチを務めるが、'96年当時は果川のリンクで駆け出しのアイスダンスの指導者をしていた。自身は'94年に幕張で行なわれたアイスダンス世界選手権出場を最後に現役を引退している。

 夏休みの一日だった。リンクには15人程度の子どもが「夏季特別講習会」の名目で集まっている。エリート選手を目指すコースではなく、普通の習い事レベルのクラスだった。

「おや?」

 リュはその中から、手足が長く、顔の小さな少女を見つけた。元来スケート好きの母に連れられ、姉のエラと一緒にスケート場を訪れていたヨナだった。

 特に華麗に滑るわけではなかったが、運動神経がずば抜けていると感じた。技術やコツを少し教えれば、すぐにマスターする。何よりも負けん気が強く、スケートに集中している姿が印象的だった。

<次ページへ続く>

► 【次ページ】 ベッドタウンに暮らす、ごく一般的な家庭でヨナは育った。

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