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菅山かおる 白い掌の感触。 

text by

松谷誠治郎

松谷誠治郎Seijiro Matsutani

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photograph by

posted2005/08/04 00:00

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[取材秘話]菅山かおる 白い掌の感触。

松谷誠治郎=文

text by Seijiro Matsutani

 菅山かおると、初めて言葉を交わしたときのことを鮮明に覚えている。それは、日本中が「かおる姫」(!)を知るようになる半年ほど前、今年の1月、彼女のチームメイトであるセッター竹下佳江の取材で、所属するVリーグJTマーヴェラスの体育館を訪れたときのことだった。「実は菅山選手のファンなんです」と告白する私の言葉に気を遣ったチームの広報担当者が、取材予定にはなかった彼女を呼んでくれたのだ。

 応接室に緑のユニフォーム姿で現れた彼女は、ガラス細工のような存在感を漂わせていた。「透明感」という言葉が一番ぴったりくるだろう。その一方で、彼女には他のトップアスリートがもっている「オーラ」をまるで感じなかった。別次元に生きる天才が持つ排他的空気をこのクラスの選手はまとっていることが多いけれど、彼女にはそれがなかった。169cmだから、他のバレー選手にはよくある「うわー背が高い」という圧倒的な第一印象もない。筋肉隆々でもなく、どちらかといえば痩せている。しかしモデルのような極端な痩身ということではなく、本人が言う「夏は白のノースリーブにジーンズで街を歩くんですよ」という格好をすれば、道行く人の中には「ちょっとかわいいな」と思う人もいる、いい感じの女子大生、といったところなのだ。

 「いやあの、菅山さんのファンなんです」とこちらも本来の取材予定にないだけに、何と言ってよいのかわからず、他愛もない言葉をかけると、菅山かおるはおどおどした表情を見せた。突如やってきたという、四十前の男にいきなりそう言われて恐がっているのだろうか?― それもあるかもしれないが、東京から来たバレーボール専門誌以外のメディア関係者と話をする経験があまりないようだった。

 「きょうは実はチームメイトの竹下さんの取材で来たんですが、竹下さんがいつも身近にいるというのはいかがですか」と聞いてみた。

 私が期待した答えは、すでに10年近くも全日本の主力として活躍する竹下を間近にみて、「自分も全日本に向けて頑張ろうという気持ちになる」とか「厳しい練習態度を見て吸収できるものは吸収したい」とか、そういうものだったのだが、実際に菅山かおるの口から出てきたのは、

 「えーそうですね。さばさばしてすごくつきあいやすいです。裏表とか全然ないから」

 いやそんな、友達としての竹下を語ってもらっても……、しばらく二の句が継げずにいると、広報の方が助け舟を出してくれた。

 「せっかくだから握手をされたらいかがですか?」

 そこでにこっと笑った菅山かおるは、はっと何かに気づいたような表情になった。

 「でも練習のあとそのままですから、私、手が汚れてますよね」

 何を言っているんですか。汚れてないですよ。内心思いながら手を差し伸べると、その白くほっそりとした手も、アスリートのものとは感じられなかった。

 プレー中の彼女の魅力を、いまやここで長長と解説する必要はないだろう。彼女ほど、スパイクの瞬間が絵になる選手はいない。高く長いジャンプ、バレー選手としてではなく、普通の女性として理想的なサイズの肢体をそらせて打つ姿。そして打数が多く、これでもかとばかりに親友竹下のあげるトスを打ちまくる彼女の一心不乱なプレーは以前のVリーグの試合でも圧倒的な異彩を放っていた。

 だから、菅山かおるを世間が知らないのは、単に全日本とVリーグの注目度の違いによるものであって、一度菅山が全日本入りすれば、こういうことになるのは傍目にはわかっていた。と同時に、コートを離れた「生菅山」が特異なオーラをもっていないために、JTのスタッフも、本人もそのポテンシャルには気づいていないようだった。初対面から数カ月後、ブレイク寸前の菅山に取材する念願の機会を得たとき、「女性を美しく撮るので有名なカメラマンです」と紹介されたFuGeeさんも、「彼女はカメラを前にして、自分を美しく見せようという本能がないタイプですね」と言って撮影に苦労していたのだ。彼女自身は合宿所近くの海岸での撮影に気持ちよく応じてくれて、楽しそうにポーズをとってくれていたのに、そうだったのだ。

 自分の美しさに気づいていない、あるいは関心がない美女という、ある種男性から見ればひとつの理想形になる女性が稀にいるが、菅山かおるはまさにそれだ。彼女は目の前にあるバレーボールの魅力にとりつかれ、それに全力でぶつかること以外に深い興味はないのだろう。「かおる姫」と呼ばれようが「白い妖精」だろうが、TVがいかにスター扱いをしようがどちらでもいいことに違いない。彼女が本気で気にしているのは、全日本でこれからも自分が必要とされるか、そして来季のVリーグでJTが優勝できるか、そこに自分がどんなプレーで貢献できるか、今もそのことだけだ。だからこそ、コートの上の彼女は本当に幸せで、どんなに体をひねり、あの痩身に負担をかけそうなプレーの後も、屈託ゼロの笑顔が出てくるのだ。そしてやはりそういうスポーツ選手は、応援したくなるではないか。

 2回目の訪問では、菅山かおるは質問のひとつひとつにしっかりと考え、多くの言葉で応えてくれた。その合間、ふとした瞬間に、私は「これからの菅山かおるを追うジャーナリストになっていいですか?」と聞いた。菅山かおるは「はい、いいですよ」と少し照れながら言った。

 その後菅山かおるはブレイクし、数限りない取材の申し込みを受ける立場になった。私がその約束を果たせるかどうか、今は少しこころもとないけれど、秋になったらVリーグの試合を見に行こう。そこでは10m先で、美しくジャンプする菅山かおるが見られるのだから。

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