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桜庭和志 「僕がいちばん言いたかったこと」 

text by

石塚隆

石塚隆Takashi Ishizuka

PROFILE

posted2007/02/08 00:00

 桜庭は試合の一部始終を振り返り終わると「もういいでしょう」という顔をした。過去ではなく未来を見ましょうよ、と決して大きくはない瞳が語っている。

 「本当に考えていかなくちゃならないのはこれからですよ。とにかくあのミスを前向きに捉えること。ああいう結果になり怒ったけど、いま秋山選手に対して特別な感情はありません。ただ彼に限らず、ある選手が体に何かを塗って試合をしたという話も聞いたことがあるし、そういう意味では、まだまだ総合格闘技には課題があるんだなって痛感しました。体に何かを塗るのは、ルール以前にモラルの問題。例えば、ゴルファーがスコアを改ざんするようなもので、モラルを守れない人には厳しい罰則を与えるといった規則整備も必要ではないでしょうか」

 交通ルールを守ることができず車を運転し事故を起こせば謝罪だけでは済まされず、社会的制裁を受けることになる。そんな選手が他のスポーツ界にいたのも記憶に新しい。今回の件でFEGは、『失格』という処分から新たに『無期限出場停止』という条項を作り、秋山に科した。厳しい罰則ではあるが、他のスポーツと照らし合わせてみても納得のいく裁定だったといえるだろう。

 「今回の判断は、世間に総合格闘技がしっかりとしたスポーツだという印象を与えるためには良かったと思います。ちょっとかわいそうだと思うけど、それは仕方のないこと。ルールを整備していくのは総合格闘技の発展にとって大切なことだと思うんです。野球やサッカーがどこの国だろうと同じルールの下で盛んに行われているように、総合格闘技がメジャーなスポーツになっていくには誰もが納得するルールにしていかなくてはいけない。まだ総合格闘技はリングによってルールが違ったり曖昧な部分が多い。その曖昧さが今回出てしまったんじゃないかと」

大晦日に流した桜庭の血が欠けていた何かを補う。

 桜庭の友人でありセコンドを務めた阪神タイガースの下柳剛投手も今回の試合終了直後の対応には大きな疑問を持ったという。

 「それはそうですよ。シモさんは、野球というルールのしっかりしたスポーツをやっているプロ意識の高い人。試合で審判がミスをしたらプロとして本気で怒りますからね。ホント、今回は僕よりも怒ってたし」

 桜庭もプロだからこそ怒りだけにまかせることなく強く問題を提起し発言をした。リングデビューして十数年、この業界でメシを食ってきた選手として総合格闘技という競技に誇りを持っている。問題の発生した試合の渦中にいたからこそ率先して前向きにとらえ、総合格闘技を野球やサッカーと同じように本当の意味でのメジャースポーツにしたいと願う桜庭のプロ意識と志は高いものだといえる。翻って秋山のクリームを体に塗るといった稚拙なミスは到底プロとは呼べないものであり、この意識の差がルールの曖昧さはあれ騒動を引き起こした要因となったのだろう。秋山はプロとして最低限のモラルを再確認し、今後の方向性をしかと見出してほしい。決してこの試合を無駄にしないためにも。

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桜庭和志

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