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桜庭和志 「僕がいちばん言いたかったこと」 

text by

石塚隆

石塚隆Takashi Ishizuka

PROFILE

posted2007/02/08 00:00

 神妙にして、軽妙──。

 目の前に現れた桜庭和志は、ことの重大さをふまえ、ひと言ひと言をじっくり咀嚼するように語る。しかし、その声色には暗さはなく、どこか明るさを感じさせる力が漲っていた。ときには笑顔もこぼれる。

 世間を巻き込み大きな物議を醸した昨年末の『Dynamite!!』での秋山成勲との一戦は、観客や視聴者はもちろん関係した誰もが深く傷つく前代未聞の戦いだった。試合前にスキンクリームを体に塗布する過失では済まされない重大なルール違反を犯した秋山、細部までしっかりとチェックできなかったレフリー陣、統制のとれた運営と迅速な判断のできなかった主催会社のFEG、期待を込めこの戦いを注視したファン、そして釈然としない中で105発も殴られ続けた桜庭……。

 「いや、たくさん叩かれたかもしれないけど、僕は殴られ損だとは思っていませんよ」

 意外にも桜庭はケロリとしていた。

 「ただ、1千発や2千発殴られたら考えますよ。そりゃ、命が危ないですもん」

 今度は冗談交じりにニヤリとする。その邪推の付け入る隙のない桜庭の屈託のない笑顔には、どこか人を救うような優しさがあった。

 1月17日、大晦日以来公の場に姿を現すことのなかった桜庭の記者会見が行われた。会見を開くことにしたのは、過剰に過熱していく疑惑に桜庭の真意ではない報道や噂が流布されていたからだ。記者団からはスキンクリームのことだけではなく秋山の使ったグローブに異物が仕込まれていたのではないかといった疑惑や、検証したビデオを記者たちにも公開し納得させて欲しいなどという質問や意見も飛んだが、桜庭がこだわり続けたのは、秋山の体が滑る、ということ。そして、レフリー陣のボディチェックと主催者側の対応の曖昧さだ。事実、秋山がクリームを塗っていたことは立証され厳罰が下された。レフリー陣も同様に職務停止やギャランティーの減額が行われることになった。

 桜庭は今回の顛末について、「正直、(もみ)消そうと思えば消せたかもしれないが、総合格闘技の発展のためK― 1がミスとしてはっきりと対応したことに感謝しています」と記者会見場で述べた。

 桜庭はあらためて試合を振り返る。

 「僕が試合後あそこまで怒ったのは、試合を公平な立場でやりたかったからです。僕はどちらかというと組み技系の出身ですし、体にオイルとかローションを塗られてしまうと相手を掴まえることができなくなってしまう。学生時代からレスリングをやっていますけど、体に何かを塗ってはいけないのは当たり前のことで、それをやられると僕は武器を失ってしまう。これでは公平な試合はできないし、何よりお客さんを喜ばすことができない」

 総合格闘技は、タイオイルを塗って戦うムエタイやワセリンの使用が認められているボクシングといった打撃系とは異なり肌を合わせ組み合うことの多い格闘技だ。クリームなど塗って互いに力を出し切って戦うことなど出来やしない。桜庭の出身競技であるレスリングはもとより、柔道においても体に何かを塗布するのは常識的に考えてありえないことなのだが……。

【次ページ】 「いま秋山選手に対して特別な感情はありません」

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桜庭和志

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