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超中学級だった逸材が、群雄割拠する今大会。 

text by

小関順二

小関順二Junji Koseki

PROFILE

posted2008/07/24 00:00

 超高校級という言葉はよく聞くが、超中学級はあまり聞かない。しかし、そうとしか形容できない中学生が時として出現する。たとえば、3年前の甲斐拓哉(当時松本南シニア)がそうだ。中学生の硬式による全国大会、ジャイアンツカップでストレートの最速が142キロを記録し、関係者を騒然とさせた。地元・長野の東海大三高に進み、ようやく素質が全開したのが最終学年になった今年。春の県大会初戦、地球環境高戦で見た甲斐は想像以上に素晴らしかった。他校偵察隊のスピードガンが弾き出したストレートの最速は150キロ。快速球を前面に押し立てたパワーピッチングが持ち味で、これと比べて使う回数は少ないが横変化のスライダーと小さく落ちるツーシームらしき変化球を操り、打者にフルスイングを許さない。東浜巨(沖縄尚学高)や高島祥平(帝京高)でも及ばないストレートの威力は“高校球界ナンバーワン”と断言してもいいだろう。

 もう1人の超中学級は2年前に見た勧野甲輝(当時富田林シニア)だ。甲斐がジャイアンツカップなら、勧野を見たのは11月下旬に行われたタイガースカップで、場所はもちろん甲子園球場。中学2年までが出場できる硬式の関西地区大会で、勧野はここで135キロの快速球を披露する。自己最速は中学2年で142キロに達していたというから甲斐以上の超中学級である。182センチの堂々とした体格の勧野と、この逸材を目当てにバックネット裏に参集する有名高校の監督の姿。このリアルな現場から日本の野球界はスタートするのだと思い知った。

 勧野が進学先に選んだのは高校球界の名門・PL学園である。ここで勧野は、1年生にして早くも4番に座る。2年前はピッチングもバッティングも粗っぽく、観戦ノートには「絶対的存在ではなく、運を必要とする選手」と意地悪く書いた。そして2年後、勧野は運を味方にした。

 PL学園で1年生が4番に座るのは'83年の清原和博(オリックス)以来、25年ぶりである。投手としての可能性も半端ではないので、これからの勧野は先輩の前田健太(広島)や中田翔(日本ハム)のような投打二刀流で甲子園を沸かす存在になっていくだろう。ちなみに、6月初旬の練習試合、九州学院戦で勧野はすでに高校第1号ホームランを放っている。

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