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開港150周年に沸く横浜は、
プロレスの“聖地”だった。 

text by

門馬忠雄

門馬忠雄Tadao Monma

PROFILE

photograph byNIKKAN SPORTS

posted2009/07/13 06:00

7月26日両国国技館で開催される『ハッスル・エイド2009』にて引退を宣言している高田総統。果たしてその真偽やいかに?

7月26日両国国技館で開催される『ハッスル・エイド2009』にて引退を宣言している高田総統。果たしてその真偽やいかに?

 今年、開港150周年を迎えた横浜は様々なイベントで盛り上がっている。プロレス界も例外ではない。

 5月4日には、ハッスルが「開港150周年記念」と銘打ち、ペリー提督に扮した「開国仮面」まで登場させる派手な大会を横浜文化体育館で行なった。

 地元市民から「ブンタイ」と呼ばれ親しまれている名物会場は、1962年(昭和37年)5月に完成。コケラ落としとなったのは、力道山 vs.マイク・シャープがメインの日本プロレス「第4回ワールド大リーグ戦」だった。現在、首都圏では最古のプロレス会場となっている。

プロレス史上初の観客はペリー提督だった!?

 実は、この横浜こそ日本のプロレス発祥の地。その歴史は、プロレス報道の草分けであった相撲評論家の故・小島貞二氏の著書『力道山以前の力道山たち』(三一書房)に詳しい。ペリー提督が2度目に来日した1854年(嘉永7年)2月、江戸の力士たちがヨコハマにおける接見式の席上で、力自慢の様々なデモンストレーションを行なった。これが日本でのプロレス誕生の原点とされている。

 明治の快男児、柔道家のコンデ・コマ(前田光世)は横浜から世界に雄飛し、現在のブラジリアン柔術に大きな影響を与えた。1921年(大正10年)、世界ライトヘビー級王者アド・サンテル(米国)が講道館柔道に挑戦するため乗り込んできたのも、この地であった。

猪木を生んだ横浜なくしてプロレスは語れない。

 ハマっ子レスラーも数多い。代表格はアントニオ猪木、ヒロ・マツダ。山本小鉄、高田延彦、鈴木みのる等の新日本系ばかりでなく、鶴見五郎、冬木弘道といった個性派も輩出してきた。80歳でなお健在、ノアのリングに立つGHCタイトル管理委員長のジョー樋口さんもご当地出身。つまり、横浜抜きに、プロレスの系譜と人脈は語れないのである。

 現在、横浜に本拠を置くのは、グレート小鹿社長の大日本プロレスとNEO女子プロレス、そして、地域密着型の軽い路線が売りの「横浜プロレス」である。同団体は、JR桜木町駅に程近い「横浜にぎわい座」で月1回の定期興行を打つというユニークな活動を続けている。

 開港記念に賑わうヨコハマには、ハマっ子レスラーが一堂に会するオールスター戦開催の風も吹く。来年3月に創設15周年を迎える大日本の小鹿社長、こんな企画はいかがでしょう?

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