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横浜・佐伯貴弘は怒りの力で進化する。 

text by

永谷脩

永谷脩Osamu Nagatani

PROFILE

posted2004/10/21 00:00

 横浜が'98年に日本一に輝いた時のV戦士で、レギュラーとして残っているのは石井琢朗と佐伯貴弘だけとなった。だが、佐伯は34歳を迎えた今シーズンも10月5日現在で3割2分8厘で打撃成績の2位につけ好調さを保っている。この年齢になっても進化していることについて、田代富雄打撃コーチは「アイツはいつも怒っているから」と話す。優勝した年もスタメンを外されたりすると、当時の権藤博監督に「何でボクを使わないんですか」と喰ってかかっていた。ライトスタンドの野次に応戦したこともあった。しかし、大事な場面では期待に応えているから、そんな態度もファンに受け入れられてきた。

 「ここまでこれたのは、いつも危機感を持ってやってきたから」と言う通り、プロでの道のりは平坦ではなかった。西武の石井貴とのトレードは成立寸前まで進められ、外野から一塁へと守備位置を押し出される経験もした。チームが一塁手としてT・ウッズを獲得。「オレという存在を信用できないのか」と球団不信を口にしたこともある。優勝争いから脱落した横浜では、若手が登用されることが多かった。ベテランは、安穏としてはいられなかった。技術面では下半身主導のバッティングフォームに修正。膝の使い方に柔らかさを出す工夫をした。その際には付き合いのある格闘家から学んだ、瞬発力をつける下半身主体のウェイトトレーニングを取り入れることもした。その成果が、しっかり現れたのだ。

 尽誠学園の1年先輩の阪神、伊良部秀輝に滅法強く、“伊良部キラー”の異名をとったこともある。「よく怒られた高校時代を思い出して燃えるんです」と言っていた。ただ、レギュラーにはなかなか定着しなかった。それが、本塁打王を争ったウッズが今シーズン限りでの移籍をほのめかしても、球団フロントに「ウチには佐伯がいるからそんなに心配していない」と言わせるほどの信頼を得るまでの存在になった。

 引退を噂されるロッテの波留敏夫が横浜にいた時は、同じ年齢ということもあって名コンビだった。その波留が、戦力外通告を受けた直後「オレの分まで長くやれよ」と電話をしてきた。後輩を説教しながら「怒っている間は大丈夫です」と言う佐伯。FA権も獲得し、すでにその目は来季を見据えている。

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