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楽天、田尾新監督は球界に新風を送れるか。 

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永谷脩

永谷脩Osamu Nagatani

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posted2004/11/04 00:00

 「類は友を呼ぶ」なのだろうか。楽天の三木谷浩史オーナーが、新球団の監督として選んだのは、自らに近い雰囲気を持つ田尾安志だった。府立泉尾高から同志社大に進んだ田尾は、エースで4番という二刀流で活躍。日米野球にも2年生から選ばれている。いわゆる体育会系とは違うアカデミックな雰囲気を漂わせていて、上下関係が重んじられるプロ野球界では異端児扱いされた。中日時代は理論派の谷沢健一を師と仰ぎ、酒マッサージなど体にいいと知ると新しいことも進んで取り入れた。イチローがナゴヤ球場で初めてプロ野球を見た時、「スマートさに憧れて」ファンになったというように、プレーも洒落ていた。

 しかし、自分の意見をはっきり言うタイプだけに、上と衝突することも多く、球団を渡り歩くことになった。中日では、選手会長として選手側の要求を球団代表に突きつけて、「オレの言うことが聞けんのか」と言われ「私はあなたに雇われているのではありません」と答えて怒りを買った。西武でも広岡達朗監督とぶつかっている。キャンプ時に一軍に上がったばかりの大久保博元が宿舎に1人でいるのを見て、高知の街に誘い出した。2人は門限の5分前に戻ってきたのだが、広岡監督は「休み前に遊んでいるやつは駄目だ」と大久保を二軍に落としてしまった。これを聞いた田尾は、監督室まで行き「門限にキチンと戻ってきたのになぜ(二軍に)落とされなければいけないのか」と直談判したのだ。理不尽なことには、徹底して立ち向かい、筋を通した。だが、現役最後の球団となった阪神では、引退後も二軍に出向き、バッティング投手をするといった律儀さも持っている。

 大学時代から交友のある江川卓が唯一人意見を聞き、洋書を翻訳なしで読んでメジャー流トレーニングを学ぶという知性派でもある。神戸に育ち、ハーバードを出た三木谷オーナーにすれば、IVY流のお洒落な感じが自分に近く思えたのではないだろうか。同じ昭和28年度生まれには、落合博満、中畑清、梨田昌孝がいるが、スマートで計算高くいながら頑固という田尾が最もピッタリきたのだろう。

 仙台での“自由な気風”を生かしたチーム作りは、牛タンが大好きという田尾には絶好の機会。ただし、楽天が日本野球機構の審査に認められればなのだが……。

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田尾安志
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