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外国人力士のパイオニア、
東関親方の定年退職。
~元関脇・高見山の偉大な功績~ 

text by

服部祐兒

服部祐兒Yuji Hattori

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photograph byKYODO

posted2009/06/30 06:00

外国人力士のパイオニア、東関親方の定年退職。~元関脇・高見山の偉大な功績~<Number Web> photograph by KYODO

 そびえ立つような巨体に長いもみあげ、オレンジ色のまわし。強さと脆さの同居するパワフルな相撲に加え、愛嬌とユーモアあふれる仕草で絶大な人気を誇った元関脇高見山の東関親方が6月16日の誕生日で65歳定年を迎え、夏場所を最後に大相撲界に別れを告げた。

 19歳でハワイから単身来日し、力士で20年、親方として25年にわたり日本の国技を支えた東関親方は、今日隆盛を極める外国人力士のパイオニア的存在だった。

 アメリカ人らしい陽気さと同時に、異境での辛い修行に耐え忍ぶ姿は共感を呼んだ。肩で息をしながら泥まみれになって、ぶつかり稽古を何度も繰り返す姿。股割りの稽古の時に涙して述べたという名言「目から汗が出た」は、今でも語り継がれる。幕下時代に扁桃腺の手術を受けたが、翌日から稽古を再開。執拗な喉輪攻めを受けて声帯を痛めたため、独特なかすれ声になってしまった。

192cm205kgの威圧感は「巨大な壁そのもの」。

 数々の金字塔も打ち立てた。幕内在位97場所、幕内連続出場1231回、幕内通算出場1430回、横綱対戦人数11人は、全て歴代1位である。横綱輪島にはめっぽう強く、金星7個を獲得。大関貴ノ花との対決は、弁慶と牛若丸の対決にたとえられた。現役最後となった昭和59年の夏場所、実は私も十両の土俵で対戦している。当時の高見山は192cm205kg。その巨体から発せられる威圧感は尋常ではなく、まるで巨大な壁そのもの。無我夢中でぶつかった記憶は、今も鮮明に残っている。

 類い希なタレント性で、テレビCMからも引っ張りだこ。松下電器産業、丸八真綿、日本船舶振興会、永谷園などのCMに出演し、CM横綱とも呼ばれた。

小錦、曙を育てた名伯楽は「厳しさを守れ」と力説した。

 親方としては、ハワイから小錦をスカウトし、部屋独立後は曙を外国人初の横綱に育て上げ、大相撲の国際化に大いに貢献し、若貴兄弟と相撲ブームを築いた。最近は個性派力士の高見盛が活躍、師弟2代で角界の人気者となった。

 力士暴行死事件や大麻汚染など相撲界の諸問題には「親方衆がもっと若い力士を教えないと」と苦言を呈し、「厳しさを守っていくこと。甘くなれば大相撲は変わってしまう」と力説した。

 東関親方が心から愛した大相撲が今後も輝き続けるか。その笑顔でずっと見守ってもらいたいものだ。

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