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競馬界の偉大な星が、
仕事を終えた52年目の春。 

text by

片山良三

片山良三Ryozo Katayama

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photograph byHiromi Kawamoto

posted2009/04/08 07:00

競馬界の偉大な星が、仕事を終えた52年目の春。<Number Web> photograph by Hiromi Kawamoto

 競馬界の年度は3月に新しく切り替わる。新人騎手がドキドキのデビューを果たし、新規調教師が待望の開業。縁の下から支えるJRAの職員も、一斉の人事異動でバタバタ動き回る。フレッシュな空気が入って来るのはもちろんいいことなのだが、華麗かつ重厚な歴史を刻んできた調教師たちが、定年で引退を余儀なくされる制度だけはしっくり来ないものを感じる。その人の周辺だけ、時間が異常に早く過ぎ去って行くような気がして、最後の1週間は特に寂しさがつきまとう。文字通りの職人芸であり、体力より積み重ねてきた経験がモノを言う職種の代表と言えるだけに、定年制度に最もなじまないというのは誰もが感じているのではないか。

名伯楽でも未練の言葉

 ジョッキーで28年、調教師で24年。武豊、武幸四郎の父としても、絶大な存在感を示してきた武邦彦さんが、2月28日を最後に厩舎の看板を下ろした。「飄々と」という表現はこの人のためにあるのではないかと思えるほど、勝ち負けに動ぜず、名誉にもお金にもこだわらない生き方を貫いてきたように見えたカッコいい70歳。だが、最後の最後に「騎手としてはやり残したことがあるとは思わなかったが、調教師としては反省ばかり。正直、辞めたくない。このあと3年ぐらいやらせてもらえたなら、走る馬を次々と出せるような気がするよ」と、恥じることなく未練をさらけ出した。辞めたからこそ言えるセリフだったのだろうが、他人が羨むほど輝き続けた「武邦」がこんな気持ちになるのかと、ジンと来るものがあった。

偉大な父を超えていきたい息子たち

 労いの会は、3月16日に京都市内のホテルで、しみじみと開かれた。古いお付き合いの馬主さんから、厩舎を守り立てたスタッフ、そして同じ釜の飯を食った厩舎人まで。まるで生前告別式のようにも感じられたほど、武邦が競馬から離れることを惜しむ声が広がった。発起人は武豊と幸四郎の兄弟。2人はいつになく神妙な面持ちで、挨拶では感極まった声で父親への感謝を述べて、出席者の胸を詰まらせた。2人にとって、武邦彦がどれほど大きな存在で、有形無形の支えになっていたかが、この日初めてわかった。

 武豊騎手はこの前日に40歳の区切りを迎え、不惑になって初めての仕事を有意義なものとした。キャリアはまだ22年。父親を超える道は遥かに遠い。

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