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切なさと彼らしさと。服部尚貴の“卒業”。 

text by

大串信

大串信Makoto Ogushi

PROFILE

posted2005/11/10 00:00

 肉体を武器にライバルと戦うスター選手はあこがれの存在だが、人間である以上、永遠に同じ地位にあり続けることはできない。どんなに優秀な選手であれいつかは引退という残酷な局面を迎えざるをえない。その際の思いを外からすべて推し量ることはできないけれども、ひとつの時代が終わるという事態にはどこか寂しさが漂うものだ。

 全日本選手権フォーミュラ・ニッポン第8戦の開催を前に、ダンディライアンに所属してシリーズを戦ってきた服部尚貴がF・ニッポンからの引退を表明した。今季の服部は、ここまで必ずしも上位争いをしていたわけではない。だが、その開発能力は依然としてきわめて評価が高く、速さが特別に衰えたようには思えなかった。まだまだ戦えるはずの服部の引退には、あまりにも唐突で驚いた。それとともに、これまで直面した有力選手の引退とは少々異なる感慨にとらわれた。

 服部はまだわたしが駆け出しの頃、FJ1600で大活躍し、注目の若手選手として全日本F3選手権へ上がり、'91年に国内トップフォーミュラにデビューした。その後F1スポット参戦やアメリカンフォーミュラ参戦を果たし、日本を代表する選手になった。この間、わたしは取材者として彼と同じ時代を過ごしたが、気がつくとわたしは49歳、服部は39歳になっていた。若い選手が第一線に躍り出て活躍をし、そして退いていく。世の常とはいえ、それを眺める気持ちは複雑だ。

 レースを前に行われた記者会見で引退の理由を問われた服部は「体力や気力が失せたから引退するわけではないので卒業と言ってほしい」と笑った。彼は来季、チームの戦略・運営監督に就任し、違う立場でレースを戦い続けることになっている。そして、シーズン終了前に行われた引退表明についてこうつけ加えた。

 「来年はF・ニッポンが大きく変わる。だから有力チームのシートがひとつ空くことを、F・ニッポン進出を目指し可能性を探る若い選手に早く知らせてあげたかった」

 まさに禅譲、その人柄を慕われた服部らしい引退、いや卒業である。11月26日〜27日、鈴鹿で開催されるシリーズ最終戦、服部にとってトップフォーミュラ120戦目が彼のレース人生のひとつの締めくくりになる。

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